・a fake flake rings

十二月。
 灰色の空と、力無くぼやけた白い太陽。
 埃っぽい町並みを閉ざす、冷たい風。
 コートの襟を立て背中を丸めて、せわしなく行き過ぎる人々の上に。
 降りしきる、鈴の音。



 さく さく さく。
 舗道に吹き溜まった枯葉を踏んで、十二月の町を歩く。
 あしあとは、ふたつ。


「クリスマス、クリスマス、クリスマス!」
 町中どこもかしこも猫も杓子もジングルベル。そんなに鳴らしまくったら、空の上のカミサマとやらも頭痛と不眠症に悩まされてることだろう。
「ひねくれ者だな。」
 子供らしくない発想だ、若さが足らんぞ、若さが。
「そっちこそ。発言が爺むさいぜ、」
 そんなんだから若年寄なんて呼ばれてんだろ?ま、俺の年齢のダブルスコアなんだし、立派に年寄りだけどさ。
「待て、さりげに一割近くも捨象するな。」
 それとも、小学生レベルの丼勘定をしているから、身長も小学生並みなのかな?
「だれがチビだよ誰が!―――――って、だぁめだ、」
 怒りたいのに腹に力が入らなくて、怒りは形になる前に掴み所なく融解してしまう。いまいち調子が出ないのは、きっとこの鈴の音と浮かれた空気のせい。
「クリスマスが嫌いなのか?」
 どちらかといえば率先して騒ぐ方だと思ったが。意外だな。
「俺には、よくわからない。こういう雰囲気は、結構好きだけど、」
 年に一度のその特別な日を、誰も彼もが息を詰めて待ちかまえているように、どきどきとわくわくが宙に舞い踊っている。
「ふん。何かと厳しいご時世だからな。」
 たまにはこんなお祭り騒ぎがあっても良いのかもしれない。
「なんだかみんなシアワセそうじゃん?」
 寒さにこわばった眉間の皺が、鈴の音の響きにふと和む。
 その瞬間だけは、誰もがみんな優しくなれるのかもしれない。




 さく さく さく。
 枯葉を踏んで、十二月の町を歩く。
 乾燥した葉脈が踵の下で砕ける音は、まるで雪を踏みしめるみたいで、
 けれど比較的温暖な地域にあるこの町では、雪の季節にはまだ早い。


「プレゼントは靴下に入れておくんだっけ?」
 なんで靴下かなあ。なんの脈絡もないんじゃないかと、ふと考えたら、どうにも気になってとまらない。
「靴下サイズ以上のものを要求するなということだろう。」
 しかし小さくて高価なものなぞいくらでもあるのだし、含蓄に欠ける訓戒だ。
「なんだよ、そりゃ、」
 冗談のつもりかよ、笑えなさすぎて可笑しいぜ。
「当たり前だ。」
 真面目に言っているんだからな―――――何故そこで吹き出す?
「冗談より質が悪いって、」
 オトナのくせに、出鱈目にしてももう少し説得力に富んだ解説してみせろよ。情けない。
「生真面目と言ってもらいたいな。」
 だいたい、想像力とナンセンスは子供の専売特許だろう。
「だって、クリスマスだぜ?コドモが楽しくなくちゃ、」
 もともとは宗教行事だったとか、そんな堅苦しいことは言いっこなし。
「まあ、現代となってはもはや単なる年中行事、世界規模の一大イベントだからな。」
 神を信じないのも八百万に頼りまくるのも、神格軽視のレベルにおいてはどっちもどっち。
「いいじゃん、理由なんてどうだって、」
 所詮口実なんだから、なんでもおんなじ。ツリーが欲しいとねだっている子や、玩具店のウィンドウにに貼り付いている子とか。あの痩せた子供達は多分、未だカミサマの名前も知らない。
「やけに肩入れするじゃないか。」
 お前が子供好きとは知らなかった。それとも、若者らしく時代への抵抗を気取ってみるか?
「まさか、」
 だだ、良い想い出になればいいなあって。俺にはよく分からないけど、よく分からないからこそ。
 靴下を振り回して掛けてゆくあの子供達が、願わくはずっと笑顔でいられますようにと。



 さく さく さく。
 枯葉を踏んで、十二月の町を歩く。
 ニセモノの雪を踏みしめて歩く。
 振り仰いだ空に、無数の星。葉を落とし骨組みだけになった街路樹を、無数の豆球が飾り立てて再度の華やぎを与えている。色とりどりのモールやオーナメント、綿帽子の雪化粧。


「きっとさ、こういう日の記憶って、どこか特別製で、」
 あったかくてやさしくて、忘れたつもりでもふとした折にいつでもくっきりとよみがえる。聖夜の闇を照らすろうそくの焔みたいに。
「それならお前は。」
 何を思い出すのか、或いは誰を?
「さあてね。想い出とかって特にないけど―――――クマ?」
 いま思い出した。敢えて探せば、クマ、かも。
「クマ?橇を引くのはトナカイだろう。」
 興味がなくても一般常識として正しい知識を持つべきだと思うが。仮にも国家資格保有者だろうに、嘆かわしい。
「違うって、そっちじゃなくて、」
 橇に乗っている方。つまりサンタクロース。
「クマのサンタ……?」
 なんなんだそれは。考えるだに不気味だぞ。
「なんでかな、サンタのイメージって、爺ィじゃなくて、クマなんだよな。でっかいクマのぬいぐるみ。」
 真っ赤な帽子をかぶったふかふかのクマが、雪の街路をのっしのっしと歩いてやってくる。
「おとぎ話だな。」
 いまさらテディ・ベアが恋しいお子様でもいないだろうに。
「テディ・ベアは要らないけど、まだコドモだからさ、」
 例えば背伸びをしてもモミの木のてっぺんの星には届かなくて、両の腕をいっぱいに伸ばしてもあの大きなクマを抱えきることができなくて、それがちょっと悔しい。
「大人だって、あの木には届かないんだがな。」
 町中の街路樹に飾り付けをしようだなんて、酔狂なことを考えつく人間がいたものだ。
「伊達と言って欲しいね、」
 やだねぇ、軍人てのは頭が固くって。
「別に禁止はしとらん。確か賛助金も出してるぞ。」
 市民感情というのは軍としても重視すべき事項だし、それで兵士達の士気が上がるなら一石二鳥。
「だからそーいう発想が軍人的だっていうの!」
 ま、いいけどさ。金だけ出して口出さないなら、大歓迎。
「お前もその『軍人』だろうに。」
 一度、略礼装でもしてみるか?贔屓目にみても、一日体験入隊にしか見えないだろうがな。
「アンタが言うかよアンタが!」
 ―――――イタイとこ、突くよなあ…?


 さく さく さく。
 枯葉を踏んで、十二月の町を歩く。
 偽物の雪を踏みしめて、十二月の町を歩く。
 ツクリモノの雪の下を、歩く。
 冷え切った綿帽子がひとつ、寒風にあおられてはらりと舞い落ちてきた。
 風はもう十分に冷たく、窓辺から漏れる明かりは十分暖かいのに、まだ、雪だけが足りない。


「あ。思い出した、」
 クマのサンタ。「とうさん」だ。
「お前の父親?」
 ほとんど家にいない、記憶もほとんどないと、確かそう言っていなかったか。
「そうだけど、いやそうじゃなくて―――――何歳だったかな、師匠んトコで修行してたときに、」
 師匠のダンナがさ、いったい誰から吹き込まれたんだか、子供にはサンタがプレゼントを届けなくちゃいけないんだとかって言い出して。
「ああ。『サンタさんておとーさんでしょ』という、アレか。」
 そのダンナとやらは、子供の成長過程における父―――生物学上の父親ではなく社会学的な「お父さん」の必要性を重んじたのだろう。
「で、わざわざサンタ服まで調達してきたらしいんだけど、」
 残念ながら立派すぎるガタイが祟って、服が入らなかったんだって。
 師匠はサンタの仮装なんかできるかってんでイヤがって、夫婦喧嘩寸前。で、仕方がないから、プレゼントに用意してた縫いぐるみに着せちまった。とても靴下なんかにゃ入らないから、そのまま枕元に放置。
「それは、なんとも心温まる笑い話だな。」
 美しい、というには些かお粗末な結末だが。飛び込んできた養い子にそこまで心を割くのは、生なかは人間にできるものではないだろう。 
「それが、オチはまだ先でさ、」
 その縫いぐるみってのが尋常じゃなく巨大で……ヘタしたら二メートル近くあったかな、もう重いのなんのって。いざクリスマスの朝が来て、目が覚めたら俺は倒れてきたクマに押しつぶされかかってるし、弟は怖がって泣き叫ぶし、もう大混乱。師匠がキレたもんで夫婦喧嘩もはじまっちまって、とてもクリスマスどころじゃなかったんだよな。
「それは………。単なる笑い話、だな?」
 些かどころではなくお粗末だ。そうなったら美談もとんだ三流喜劇だな。 
「いやも返す言葉もゴザイマセン。」
 縫いぐるみで圧死しかけた記憶は強烈だったらしく、お陰で見事なトラウマになった。夜な夜な夢に現れてはさんざんうなされて、とうとうすっかり忘れて、今に至るというわけだ。
「でも、まあ、」
 楽しかったかな。楽しかったんだよな。うん。
 その次の冬が来る前には修行を終えて、以来、クリスマスの想い出は、ない。
 


 さく さく さく。
 枯葉を踏んで、十二月の町を歩く。
 偽物の雪を踏みしめて、十二月の町を歩く。
 造り物の雪の下、十二月の町を歩く。
 冷たい風の中を、歩く。
 小さい町のことだから、目抜き通りであっても小一時間もあれば歩き終わってしまう。灰色の道の終着点は、灰色の建物。人通りもぴたりと途絶え、ツリーの明かりも届かない。
 高い塀と有刺鉄線とに囲まれた、オトナだけの世界。


「やれやれ、やぁーっとついた、」
 行き逢ったが百年目とばっかに、買い出しの荷物持ちさせやがって。門の向こうまでデリバリー・サービスする気はないからな。
「ご苦労。」
 御礼がわりに、上がって茶でもどうかね?
「ヤだね、まっぴら!」
 あんたの執務室なんて落ち着かないよ。そうでなくとも胡散臭い目で見られてるってのに。
「せっかくのクリスマスなのに。」
 市場でぶらぶらしていただろう、そう急ぐこともなかろうに。
「せっかくのクリスマスだからさ、」
 弟のプレゼント物色してる最中だったんだよ。それを人足代わりにこき使いやがって。
「憶えておくといい、それがいわゆる理不尽な上官命令というヤツだ。」
 担った義務と責任に見合うだけの特権は行使しなくてはな。
「…気のせいかな、」
 いまこの瞬間、急転直下で不機嫌にならなかったか。
「気のせいだろう。」
 細かいことを気にしていると大きくなれないぞ。
「気にしないけどさ、」
 大きい小さいは余計なお世話!ああもう鬱陶しい、帰るからな、俺は!!

 さく さく。

「―――――どうした。」
 歩き出す前に立ち止まっていては、帰れないぞ。
「いや。この町って、あんなに明るかったかなって、」
 此処が暗いからそう思えるのかな。あの街灯りが急に遠く思えて、なんだか眩しくて近づけない。
「帰るんだろう?」
 プレゼントを買って、あの灯りの下へ。
「帰るともさ、」
 クリスマスのプレゼントを買って、あの灯りの下へ。
「そうだな。」
 お前のその派手な頭になら、サンタの帽子が似合うかもしれない。
「違うって、サンタはクマ。そういうことになってるんだ、」
 サンタになんかなれやしない。いまさらサンタが欲しいとは思わない。
「……もし、」
 もしも、お前が。
「何、」
 歯切れ悪いのって、あんたらしくないよ。
「もしも、クマが欲しいなら―――――」
 それなら、私は。
「―――――ストップ。」
 その先は、言っちゃいけないんだろ、上司殿? 体裁とか立場とか、俺にはやっぱわからないけど。
 だいいち、あんたの柄じゃない。
「そうか。」
 そうだな。子供扱いして悪かった。
「ま。どうしてもっていうなら、」
 でっかいクマにでっかいピンクのリボンつけて、あんたがこの道を担いで来てくれるなら、貰ってやってもいいけどさ。
 だけどその場合は、配達人ごと貰っちゃうケドな?
「…………。」
 どうしてそういうときだけ、子供らしからぬ発想をするんだか。
「おやま、ご存じなかったんで、」
 想像力とナンセンスは、恐いモノ知らずな子供の特権なんだぜ。



 さく さく さく。
 雪のような枯葉を踏んで、
 雪のような音を聞きながら、
 雪のない町を歩く。


「耳を貸せ。」
「へ?」

 さく。

「―――'sh y've a merry christmas.」
「………驚いた、」
 ほんっと、柄にもないことばっかするんだからさ。
 クリスマスには、雪が降るかもよ?



 さく さく さく。
 ひとりで逆さまにたどる、あしあとは、ふたつ。
 雪のない町に、きっともうすぐ、雪が降る。


 「Merry Christmas!Merry Christmas!Merry Merry Christmas!」
 この地上の全ての子供達と、
 かつて子供だった大人達と、
 子供達を育んできた、この惑星に。





end