「大佐?」
大きめのタオルでがしがしと頭を乱暴に拭きながら現れた子供は、寝室に見あたらないロイの姿を探して、声を掛けた。
少し、風呂場に長居したかもしれない。 熱を、どうにかやり過ごすために、時間を掛けてシャワーを浴びたからだ。 のぼせる寸前にようやく収まりがついて、エドワードは身体についた水分を拭き取り、新しい替えの下着(これはいつもロイの家に置いてある)だけを身につけて風呂場を後にしたのだが。
誰もいない寝室で、ベッドから半分落ちかけたシーツを掴んで、元に戻す。とはいえ乱暴に放り投げた為に布は、ぐしゃりとひとかたまりになってわだかまった。タオルを手近にあった椅子の背に掛けて、部屋をぐるりと見回す。何かの音がしたように思ったのだ。
かちゃかちゃと金属の触れあう音が壁の向こうから聞こえて、エドワードは隣にある食堂への扉を開いた。
「大佐」
ドアから顔だけを覗かせて見ると、だらしなくシャツを羽織った大人が、キッチンの流し台に向かっていた。 振り返ったロイは、エドワードの姿を見つけて、柔らかく目元をゆるませる。
「ああ、上がったのか。もうすぐ支度ができるよ」 「朝飯?」 「腹が減ったのだろう?」 「うん」
湯を沸かし、水洗いしたレタスの葉をちぎっている。 隣には分厚く切り分けられたハムが見えた。サンドイッチでも作るのだろう。ロイが料理をする(サンドイッチを作るのが果たして料理の範疇に入るかどうかは別として)姿など滅多に見る事もない少年は、少しだけ呆気にとられてその後ろ姿を凝視した。
「着替えたらこちらにおいで」 「分かった」
そう言えば、と今更ながらに空腹を訴えてきた現金な胃袋に苦笑しながら、エドワードはまだ乾ききらない髪はそのままに、服を身につけた。
(やべ…)
昨夜脱ぎ捨てた服は、放られたそのままに床に散らばっていて、あちこちを拾い集めながら収まり掛けた熱が再燃するのを、じわりと感じる。
口元を手で覆って。
ともすると、闇の中、うねるように白く浮かび上がる大人ののど元とか、差し伸べられた指先の形とかが目の前に浮かんできてしまう。 ぶんぶんと音をたてるほど大きく頭をふってその幻影を振り払うと、エドワードはすっかりと皺になった上着に袖を通した。
「ごちそうさま」
案の定レタスとハムを挟んだだけの簡単なサンドイッチを、それでも綺麗に平らげて、エドワードはロイの淹れたコーヒーを啜った。
「ありあわせで済まないね」 「うん…まあ、帰ってからホテルで何か食べるからいいや」
発育途中の少年の身体は、いくつかのサンドイッチだけでは足りないと、物足りなさを訴えている。かといって、この怠惰な大人の家で、これ以上のご馳走にありつくのは、ほとんど不可能だろう。ホテルに帰ってからまた出掛けてみようかとエドワードは考えた。どうせ宿でじっとしてはいないのだ。司令部にもアルフォンスが借りている本を返すために寄らなくてはならないし、いつも世話になっている古書屋の店主に挨拶がてら顔を見せておきたい。確か途中にレストランがあったよな…と頭の中で反芻して、少年は今日の予定を決めた。
昨日は、イーストシティに来る前に寄った町で見つけた資料を調べている弟に、大佐の家に置いてある本を読んでくるから、と言い訳を置いてロイの家を訪れたのだ。
「じゃあ、そろそろ」
美味かった、と立ちあがり、エドワードは軽く伸びをした。ふと目をやると、日が昇りかけたのか、薄ぼんやりとカーテン越しに窓が明るくなっている。
ああ、夜明けだ。
「アルフォンスにも宜しく」 そう言う大人の横顔が、部屋に満ち始めた朝の光の中に、酷く流麗なラインを描き出して。 決して繊細でも華奢でもないこの骨組みのしっかりした青年の、何処がそんなにエドワードの心の奥底、深い部分を揺さぶるのか、自分でも全く分からないけれど。
それでも純粋に、浮かび上がる輪郭は綺麗だと思えて。
思わず見とれた少年は、数瞬、瞬きすらも忘れて言葉を失った。
「…鋼の?」 「あ、ああ」 問われて漸く我に返ったエドワードは、取り繕った笑みを浮かべて視線を逸らした。
「大佐はいいの?そろそろ仕事じゃねーの」 支度しなくても大丈夫なのかよ、と気遣う様子を見せる少年に、ロイは不思議そうな表情を浮かべた。 「言っていなかったか?」 「何が」 「今日は夜勤だから、家を出るのは夕方くらいで構わないのだが」 「は?」
何ソレ、俺、そんなの全然聞いてないけど。
「そうだったか?まあ、別に構わないだろう」 だから私に用があるなら、それ以降に司令部に顔を出すと良い、と軽く言ってのける大人を、エドワードは複雑な表情で眺める。 「え、何、それじゃあ」 もっとゆっくりしていても良かったんじゃねーか、と心の中で呟いて、少年は俯いた。 まあ、でもこれ以上は彼の身体に負担になるかもしれないから。
たまに会うと抑えがきかないからな、と自分の衝動に折り合いをつける自信のない少年は、腹の奥に溜まった熱を吐き出すかのように、大きくため息を吐いた。
そしてエドワードは苦笑いの表情のまま、玄関横のハンガーに掛けて置いた自分のコートを手に取った。
振り返って、腕を組みながら穏やかな表情の大人に別れの言葉を告げる。 「ま、じゃあともかく、一旦帰るな」 「また」 「うん。あのさ、大佐」 「何だ?」
ぐい、とその腕を掴んで。
ほんの少し、つま先だって。
引き寄せたロイに、唇を重ねる。
「もっと早く、言ってくれれば良かったのに」 今更やっぱり帰らないなんて言えねーだろ、という言葉は辛うじて飲み込んで。
アルフォンスが待っているというのは嘘ではない。けれど。 今このときしか抱き合えないのだから、半日やそこら、弟を待たせたってバチは当たらないだろうという気持ちも真実で。 まあでも仕方ないか、と額をこつんと合わせて、鎮まりきらない欲をどうにか宥めようとエドワードは目を伏せた。
すると、腕の中から逃れる、大人の身体。 引き寄せた力はそう強くなかったから、簡単に彼は身を引きはがした。
「……大佐?」 「黙っていろ」 「え」
離れた、と思ったのは瞬間。
ロイはエドワードの足下に膝をつくと、ジッパーの上からエドワードの未だ兆していない熱に、唇を触れさせた。
「ちょ、大佐」
ズボンの上から、やんわりと食まれて、エドワードは狼狽えた声をあげた。
「そ、んなことしたら、」 「黙っていろと言っただろう」 かあっと頬に血が上ったのは一瞬で。 すぐにロイの触れている場所、身体の中心に全ての熱は集中する。
ロイはジッパーの金具を銜え、引き下ろした。 ジ…と、金属の擦れる音がやけに響いた気がして。 エドワードは思わず鋼の手で口元を覆った。
「若いな」 「あ、たりまえだろっ…!」 くすり、と息だけで笑われて、少年は目を閉じる。
ロイの指が下着の中に入り込み、容易く少年の中心を外気に曝した。
「あ」 躊躇する事なく、暖かな濡れた感覚に包まれて。目を閉じた少年は、彼の唇に含まれたのだと知る。 瞬く間に張りつめてゆくのをどうしようもなく、エドワードは自身の熱欲に舌を絡めている大人の髪に、手を差し入れた。
拒絶したいのか、促したいのか。
それすらも分からず、ただ指先に不用意に力を込めまいと、自制するのが精一杯で。 裏側の筋を舐められ、括れを突かれる。唇でやんわりと根本を締め付けられて、全体を吸われれば、堪えきれない声が少年の喉から溢れた。
大人は、じわりと滲みはじめた少年の先走りを、音をたてて啜った。
「………っ」
くぐもった声が、指先からいくつもこぼれ落ちる。堪えようもない衝動が、奥底から突き上げてくるのを、抑えられない。
唾液にまみれたそれを一度解放されて、ようやくエドワードは安堵の息を吐いた。ひやりとした空気に触れて、微かに震える。 だがそれも僅かの事。 すぐに大人の長い指が、濡れた少年自身に絡みついた。
包み込むように覆われて、脈動する部分にそっと爪を這わせる。 横から同じく濡れた舌が絡みつき、雫の溢れ出す先端を優しく爪先が掻く。熱心なその動きは、まるであからさまな大人の欲のそのままに。 緩く上下に扱かれて、エドワードは声を堪える為に鋼の指に歯を立てた。
「ちょ、もう、たいさ……っ」
再び先端を含もうとしていたロイの唇が触れる前に、エドワードは果てていた。
受け止め損なった熱は、ロイの唇の端に、頬に、散った。残りは大人のシャツに受け止められて、少年はずるりと扉にそって崩れた。 解放の余韻に荒くなる息を整えながら、剣呑な光を宿した目で、正面の大人を見据える。
「あのな、大佐」 「何だ」 「反則、だからな」
唇の端に飛んだ少年の白濁を指で拭った大人は、その濡れた指を躊躇いもなく口に含むものだから。 どうにもいたたまれなくなった少年は、しゃがみ込んだまま再びぷいと顔を逸らした。
「何がかね」 「ぜってー反則」 唯でさえ触れたくて堪らない指先を。
精一杯の理性を総動員して、どうにか衝動に自制を掛けていたっていうのに、この大人は。その努力を全部水の泡にするっていうのか。 熱を解放したばかりだというのに、まだ鎮まらない自分を省みる余裕なんて無くて。 「場所なんて、選んでられないからな」
「構わんよ」 「後悔すんなよ」 「当然だ」
言いながら、エドワードは大人の肩を押して、その場に組み敷いた。 その背中の下に、どうにか自分のコートを押し込むくらいには気が回ったけれど、それが限界。
シャツをはだけさせた時、一番下のボタンがなかなか外れないので、最後には無理に引きはがしてしまった。 糸の切れる音がして、高く飛んだボタンがコロコロと床を転がるのを、意識のどこかで追いながら。 エドワードは鬱血の後がいくつも残る肌に吸い付き、大人の足からズボンを引き抜いた。 大人が、自分を組み敷いている少年の頬に手を当てた。促されてエドワードも、顔を上げる。
そのまま視線を合わせ、ゆっくりと。
ひどくゆっくりと唇を重ねた。
内側からロイを揺さぶる少年は、容赦無く彼を苛む。
けれど幸福な熱は後から後から泉のように湧いてきて、嬉しい誤算だと大人は今更ながらに笑みを深くした。 熱の固まりが深く差し込まれ、かき回し、そして引き抜かれる。そのたびに濡れた音が響くのが、一層の劣情を誘う。 かきわけられて、弱い部分を突かれ、ロイはがくりと首を仰け反らせた。少年は、そんな大人の身体の両脇に両手をついて、頬に、髪に、首筋に、沢山の口づけを降らせた。
「たいさ」
ねえ、こっち見て。
請う言葉に、ゆるりと目を開いてみれば。
視界いっぱいに広がる、笑み。
掠れる声を堪えて、どうにか息を整える。水を張った目をこらしてこの笑顔を焼き付けようと、ロイは瞬きも忘れて、目の前の少年に見入った。 それくらいに、綺麗な笑顔。
「アンタって、凄い」
抱いてるのはこっちなのに、まるで何かに抱かれてるみたいに幸せ。
けれどその唇から紡がれる言葉は、いつも予測出来ないくらいに大人を打ちのめすものだから。 だからいつも身構えてしまう。けれど。
「何だ、それは」 「とにかく、幸せってこと」 「抱かれ、たいのか」 「う〜ん、そういうわけじゃないんだけど」
ぽりぽりと子供っぽい仕草で鼻の頭を掻きながら、エドワードは考える素振りを見せた。
「アンタとこうしてると、すごい興奮するのに、すごく安心する」 正体不明の言葉を吐きながら、子供がまた笑うものだから。
誘われてこちらも笑みを深くし、ロイは少年に手を差し伸べた。 触れた口づけはすぐに貪る動きになって。大人は揺さぶられながら、少年の身体を抱きしめた。
この幸福な熱を。
太陽の光のような、暖かな熱を。
全身で受け止めたいと思うのだ。
全身で。
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