祈り。
サイト一周年記念+クリスマス企画
| 「遠い国では」 唐突に語り出した腕の中の人は、何処を見るともなしに視線を漂わせていた。 「遠い国では、今日が聖人の生まれた日だとして、一斉に祈りを捧げるらしい」 「ふうん」 それで、と促すのかそうでないのか、簡単な相槌をうっただけのエドワードはさして興味も無さそうに、情交の後でまだ火照りの残る体をベッドに沈めた。 つい先刻までは同じ熱を分け合っていた体は二つに分かれ、睫毛の先が触れあうほどの距離にいるというのに、もはや永遠とでも言うべき断絶が二人の間に横たわっているかのようだった。 ゼロと一との、その無限の隔たり。 知っていたような気もして、でも今目の前に突きつけられる事実は、二人にとって見知らぬ痛みを伴っていた。 その痛みを散らそうとして、言葉を紡ぐ。 「祈りは、届くのだろうか」 「さあ」 寝転がったまま、生身の指先を情人の短い髪に触れさせれば、黒く柔らかな中にしっとりとした熱の名残が感じられた。汗で額に貼り付いた幾筋かを払って、まだ此方を見ない視線の、その在処を探す。 「一人や二人ではない。何千人、何万人の人々が、揃って祈る姿というのは」 きっと尊いものなのだろう。 中空に浮かんだ視線は、伏せられた目蓋に閉ざされる。薄い唇から紡がれる言葉は、その息に籠もる温度とは無縁で、エドワードは意図を図り損ねてただ押し黙る。 「祈りは、力だ」 「アンタはそう思うのか」 「ああ」 大勢の人が、ただ一つを願うなら。 本心から願うのならば、きっとそれは「意志」になる。 意志は大いなるうねりとなって、やがて大勢を飲み込むだろう。 その時にこそ、祈りは成就されるのだ。 「ま、アンタが言うのならば、それは本当なのかもしれない」 でも、それだけが「本当」じゃないと、オレは思う。 「オレなら、ただ祈ってそれが力になるのを待つのは嫌だ」 心から祈るのならば、その前に歩き出せば良いじゃないか。 そして欲しいモノを手に入れるために、足掻いて、足掻いて、それが苦難の道であっても、もがき苦しんでも、前へと進む。 「ああ」 そこで初めて、黒い瞳がエドワードを捕らえた。 「君ならば、そう言ってくれると思っていた」 「なんだよそれ」 まるで相手の術中に陥ったかのような物言いを聞きとがめて、不機嫌そうに寄せられる眉。 手が、差し伸べられて、くしゃりと髪を掴む。 「そう、だな」 君が容易く口にするその行為。 前へと、進むこと。進み続ける事。 きっと平坦ではない、その道。 「そうすることが、きっと一番良いんだろう」 微笑みかければ、蜜の色をした目が瞬間揺らぐ。 「アンタだって、そうしてきたんだろう」 「そのつもりだ」 「じゃあそれで良いじゃないか」 髪に差し入れられた指が、悪戯にうなじをそっとなぞった。ゆっくりと上下させて、その形を丹念に指に覚え込ませる。 「っつ…………」 ぞわり、と背を走る感覚に身を震わせて、エドワードは感情の見えないロイのへと覆い被さった。 ベッドへついた両腕の中の人は、挑むような目でエドワードを捕らえている。 先ほどの、心許ないような言葉とは裏腹に、きつく、意志を秘めた光。 「挑発、してんなよ」 「なんだ、君はあれしきで終わりなのか」 「こ、の」 あからさまな物言いは、煽るためだと分かっていても、自分を抑えられない。 体の芯に、まさしく火が点くのを実感として、覚えた。 噛みつくようなキスを落とし、両足の間に、下肢を割り込ませる。 舌を絡めて貪るような口づけをしたまま、機械鎧の腕で片足を持ち上げ、胸に付くほどに折り曲げた。 金髪とうなじを嬲っていた指は、今はその首と背に廻されている。角度を変えて、息継ぎもままならないようなキスを交わすと、唾液の絡まり合う音が妙に大きく響いた。 名残惜しそうに解かれた唇に、エドワードの指が差し入れられる。まだ未発達なため繊細さを残したその指先を、ロイは含まされるままに吸い、舌を這わせた。 指の根本に軽く歯を当てて、舌全体を使って包み込む。爪の間、節の部分に舌を遊ばせれば、何かを懸命に堪えるような表情のエドワードの姿が目に入る。 「も、いい」 丹念に濡らされた指を取り戻して、エドワードは抱え上げた足の狭間に、その指をあてがった。 「く」 先ほどまで自分が侵入していた箇所は、早くも柔らかさを失いかけてエドワードの指を拒んだ。だが押し切るように潜らせれば、吃驚するほどの熱が触れる。 深い場所でそっと内側を撫でると、ひくりと腕の中の人が仰け反った。 白い喉を晒して、何かを堪えるように唇を咬んでいる。先刻の余裕が失せたその表情を見て、エドワードはようやくはためいていた心の端が落ち着くのを知った。触れる動きが、一転して余裕を孕み、落ち着いたものに変わる。 「大佐」 呼びかければ、辛うじて潤んだ目が開き、此方を見る。その瞬間を狙って差し込んだ指を動かすと、噛みきれない声が溢れた。 熱が。 固まりが、喉を圧迫して、満足に呼吸すらままならない。 少年を煽ったのは、自分だと知っている。きつい快楽をだけ求めて、手を差し伸べた。 けれど。 思いに反して、繊細な動きが、鎮まりかけた熱を掘り起こし、丹念になぞっては白日の下に晒していく。 こんな、風に。 丁寧に扱われると、いたたまれないような思いが、胸を圧迫して。 少年の大胆さと勤勉さは、およそ見かけほどは経験を積んでいない大人を容易く翻弄する。 探る動きが一点を捕らえ、ロイは足指の先まで全身が引きつるのを覚えた。 「あっ、く」 触れられないまま、内側だけの刺激で逐情をとげる。吐き出された熱は、断続的に滴って互いの腹を汚した。痙攣する肉から指を引き抜いて、エドワードは耐えきれず波に身を任せた大人を見下ろした。 「大佐」 悪戯っぽい光を宿した目が、それでも真実嬉しそうなことを見て取り、ロイは振り上げかけた手をどうにか収めた。 「オレは大佐とこうやっているのが好き」 生身の腕と機械鎧の腕が、まだ荒い息のまま肩を喘がせるロイの全身を抱きしめる。 「そして、その為に、オレは前に進んでいる」 「その為、では無いだろう」 「ううん、それで良いんだ」 怪訝そうに柳眉を撓らせる大人を、少年はあっさりと否定した。 「その為『だけ』じゃないけど、な」 やるべき事を、成し遂げる為。そして、大好きな人を、この腕に抱く。 「どっちか一つだけ、なんて、切って捨てるような事はしたくないんだ」 欲しいモノは手に入れる。考えつく全てを行動に移す。 それが真実欲しいならば。 ただ祈って待つだけは、性に合わないから。 「だから祈りは、オレには必要ないんだ」 「ああ」 きっぱりと、迷い無く言い放つその光。 祈る前に前へと進む。 この少年に、だからこそ焦がれる自分が居る事を、改めてロイは考えた。 だが。 前へと進む、その力を持たぬ者はどうすればいい? また、前へと進んでいながら、その道が果たして目指す場所へと続いていると、どうすれば信じ続けることができるのだろうか。 進む道が、間違っていないこと。 それはとりもなおさず、自分自身を信じる事ができる、強さなのだから。 踏み出す勇気と、その力を。 持っていないとは思わない。だが、迷わないと言えば、嘘になる。 友を失い、自分の一部を切り捨てながら、前へと進み続けてきた。 だから。 時として、痛みに負けそうになる時。 自分の力の及ばぬところで、ただそう願う事しか出来ないとき。 無力な現実を突きつけられて、それでも祈らずにはおれない。 「もしかして、アンタ」 オレが祈りを否定しているとでも思ってんの? ついと彷徨わせていた視線が、少年に捕らえられた。 「オレだって、祈ることが悪いなんて思っちゃいないぜ」 純粋な祈りは、意志の力になる。 沢山の意志の力は、束になり、そして大いなるうねりになる。 それは、きっと前へと進む力になるのだから。 「だけど、オレはそれを待ってるのが面倒くさいだけなんだ、短気だから」 だから祈るより先に、動いてしまう。 「オレに出来る事があるのなら、それをまずはやりたいと思うし、やってから考えようかなって」 「………そうだな」 「だからひとまずは、アンタの中に入っても良い?」 「訊くな、馬鹿者」 だってオレ、もう限界。さっきみたいなアンタ見たら、これ以上待ってらんねーから。 そう言って少年は、熱の固まりでロイの中に侵入を果たす。 「っち、ぃ」 飲み込まされた欲は、再びロイから余裕を奪う。少年の視線に晒され放ったばかりの中心が、再び反応し始めたことを恥じて、首筋までが熱くなった。 「あ」 ゆっくりと動き出したエドワードはそんな大人の顔中に、キスを降らせる。青白い目蓋に、赤く染まった目尻に、汗で髪が貼り付く額に、仰け反った顎の先に。 こうして抱き合っている事。 分け合う熱に翻弄されながら、ロイはぼんやりと遠い国を思った。 大勢の人々の、ひとことを願って捧げられる祈りの、なんと尊い事か。 だが。 立ち止まる間も、祈る暇すら惜しみ、戸惑いながらも信じた道を進む意志の、なんと強く、美しい事か。 そしてその意志が腕の中でしなやかに成長する様を、見る事ができる幸福。 見守る事を許された、幸福を。 ならばその幸福を自分は意志に変えて見せよう。 彼に遅れをとらぬよう。 彼を導く事は叶わずとも、少年とは違った道を歩む、その術を示してみよう。 自分にしかできない、やり方で。 濡れた熱が絡まり、研ぎ澄まされる感覚が頂点を分け合う瞬間。 思考は白濁し、薄れ行く意識の中で、ロイはただそう誓った。 |
20051224