・ご注意
こちらはオフライン発行の「架空のPANTHEON」(パラレル設定)の後日談です。
エドワード:宇宙飛行士を目指して宇宙士官候補生訓練学校に通う16歳。
ロイ:物理学者で宇宙士官候補生訓練学校の外部講師。かつては「アメストリスの英雄」と呼ばれ、
とある事情から「祖国の裏切り者」と罵られる事になる。
ちなみに、はっきりとは(本編でも)書いていませんが両思いな二人です。
以上の設定ですが、できれば本編をご覧になって頂いてからの方が、良いと思います。(不親切ですみません…)
設定上の理由から、お互い名前で呼び合っています。名前で呼び合う二人が見たくない、とおっしゃる方も
ご覧にならない方が良いかと思います。
ご了解頂ける方は、スクロールして下さいませ。
おやすみ。
| 「……やっぱり来てたのか」 扉の閉まる音と共に聞こえてきたのは、苛立ち混じりに呟く声。低く響くのはきっと心底腹立たしく思っているから。 心なしか廊下を歩く足音も普段よりも大きな気がする。 ドス、ドス、といった擬音が当てはまりそうなそれが近づいてくるのを感じながら、エドワードは布団の中で小さく舌を出した。 「エドワード」 やや乱暴に扉が開き、眉間にこれ以上はない程の縦皺を刻み込んだ大人が現れた。 やっぱりコイツは声を荒げるなんて滅多に無いんだな、なんて妙な事に感心しながら、エドワードは気だるい上半身を起こして部屋の主へと挨拶した。 「今まで打ち上げだったのかよ。結構呑んでんじゃねーの」 「何故来た」 「今日は補習の日だろ?」 「年末だし、今日はバルーン仲間との打ち上げがあるから来るなと言ってあっただろう」 おまけに、と不機嫌な大人は着ていたコートをクローゼットに仕舞いながら少年を一瞥する。 「君は数日前から風邪をひいて終業式も欠席しただろうが。まだ全快しているようには見えないが」 ロイの言うとおり、エドワードは先週の学期末から流行りの風邪をひいていた。 今エドワードがロイのベッドの中に埋もれているのは、とりもなおさずその風邪が治っていないからであり、もしも体温計で測ってみたら、熱は38度を下回らないであろうということは、容易に想像出来た。 勿論、測ってなどはいないのだが。 「アルフォンスが良く許したな」 「アルには黙って来た」 「何だとっ?!」 その時、枕元にあるサイドボードの上の電話が、甲高いベルの音をたてた。 ロイは眉間の縦皺を一層深くして、受話器を取り上げる。 「………はい、ハーランド、……ああ、君か。今私も帰った所なんだが…ああ、その通りだ」 相手の声を聞いたロイの眉間が少しだけ緩む。エドワードに向けているのとは全く違う、柔らかな声の響き。 相槌を打つ声も心なしか暖かみに満ちて、エドワードは聴きながら唇を尖らせる。 「……うん、そうだな。分かった。こちらは任せたまえ、心配いらんよ。………君も気を付けるんだぞ、今年の風邪は質が悪いみたいだからな。………ああ、では、良い年を」 がちゃん、と受話器がフックに掛けられたと同時に、再び眉間の皺が復活する。 「……アル、何て?」 「迷惑を掛けてすみません、バカ兄をよろしくお願いします、だとさ」 迷惑を掛けているのはアルフォンスではないのに、とギロリとベッドの上の少年を睨み付けてロイは腰に手を当てた。 「全く、バカな兄を持つと苦労するな、アルフォンスは」 「バカじゃねーよ!」 「バカだ、バカ以外の何でもない」 不意に大きな掌がエドワードの頭上に降ってくる。 叩かれるのかと思わず目を瞑ったエドワードの、しかし額にその掌は触れた。 触れた掌が、思いの外ひんやりと心地よくて。 もう少しこうして居て欲しいなんてエドワードの気持ちはよそに、長い指先が微かに汗ばんだ前髪をくしゃりと掻き上げて、あっさりと手は離れていった。 去った手を名残惜しげに眺めていると、鼻先を指で弾かれた。 「痛っ!」 「…一体君、自分の身体を何だと思って居るんだ」 この調子だとまだ熱は下がらないだろうな、と呆れた声が溜息混じりに言った。 「学習能力の無い頭だな」 「ちげーよ」 だってほら、家には来たけどこうしてベッドで大人しくしてるし薬だって飲んだんだぜ。それに熱も多分そろそろ下がる筈。 「もう喉も痛くないし、頭痛も治まってるから、すぐに治るって」 「言い訳なんか聞きたく無い。治りかけならなおさら、無茶をするな」 そう言うと唐突にロイはドアの向こうに姿を消した。 バタン、と閉まった扉が完全にエドワードを拒絶しているようで、ガラにもなく鼻の奥がツンとする。 予想はしてたけど、やっぱり怒らせちまったか。 無茶をしてるって?勿論自覚ならあるさ。 でも、どうしても今日、アンタに会いたかった。 (アルフォンスとウィンリィの邪魔しちゃ悪いってのもあったけど) ただ、ちょっとだけ。 年が変わる瞬間を、一緒に過ごせたらいいなって思っただけなのに。 そんなに自分勝手かな、俺。 怒られるのは仕方ないと思っていたけど。 でも、あんなにウンザリした顔されるなんて。 そんな俺の事ムカツクなら、いっそのこと、追い返してくれれば良いのに。 今すぐ出て行けって、怒鳴ってくれたらいいのに。 アンタに拒絶されるのだけは、無理。耐えられない。 なあ……?ロイ。 取り残されたエドワードは頭からシーツを被り、ベッドの中でまるくなった。 でも鼻の奥のツンとする感じは収まらなくて、きつくきつく目を閉じて、やり過ごす他はなかった。 遠くから、声が聞こえる。 優しい旋律のように、暖かな声。 エドワードはまだ眠りの淵から抜け出せず、ただ耳だけが微かに意志を持って声を追いかける。 「エド、エドワード」 柔らかな声が降ってくる。なんて心地よい声。 とりわけ『エドワード』の『エド』の発音が凄く良い。 だから、もっと呼んで。 「エド………おい、こら、寝るな」 一旦は薄く目を開けたものの。すぐにまた幸せそうに目を閉じた少年に向かって、ロイは小さく嘆息した。 「ったく、仕方ないな」 半ばぐったりとした少年の身体の下に腕を差し込み、そっと抱き起こす。力の抜けた少年の身体を起こすのは一苦労ではあるが、浮いた身体の下に羽根の枕を押し込んで、何とか支えた。 寝間着を通して、微かな体温と湿り気がロイの腕に伝わる。 「あ……ロイ」 今度こそ目が覚めたのだろう。目を開けた少年は、抱き起こしている為至近距離にあったロイの顔を認めて笑った。 ひどく、安心したかのような顔で。 瞬間、心臓が僅か跳ねる。 だが大人はそれを表情に出す事はなく、自力で身体を起こしつつある少年から手を放した。 「汗をかいただろう、着替えなさい」 「え……?」 見ると、いつの間にかエドワードは肌触りの良い長袖のTシャツとスウェットパンツを身につけていることに気がついた。 きっとロイの私物なのだろう。眠っている間に、着替えさせられたのか、ベッドサイドに、エドワードが着てきたセーターとジーンズが、畳まれておいてあった。 「着替えさせてくれたのか…?」 慌ててロイを振り返ると、額から濡れたタオルが落ちた。 布団の上、体温を吸って生ぬるくなったタオルを拾い上げる。 「………」 思わず口元がほころぶ。 そっか。 看病してくれてたんだ、ロイ。 「サンキュ」 「何の事だ」 いいからさっさとコレに着替えなさい、とロイが差しだしたのは、洗いざらした新しい寝間着だ。 言われてみると全身が汗ばんでいて、背中にシャツが貼り付く感覚が気持ち悪かった。 でも汗をかいたせいか、先刻までのけだるさは随分と無くなり、もやの掛かっていたようだった頭もすっきりとしている。 「ちょっと待ちなさい」 シャツを脱いだエドワードが新しいものを手に取る前に、制された。 蒸しタオルで汗ばんだ身体を拭われて、さっぱりとしたところに着替えを渡される。 「もう一眠りしなさい」 「かなり良くなったみたい。ありがとな、ロイ」 「油断していると、また熱が上がるぞ。さあ、さっさと布団を被って」 不機嫌そうな口調とは裏腹のかいがいしさで、ロイはエドワードの肩口までシーツを引き上げた。 今度はそれに逆らわず、エドワードは大人しくベッドに身体を預ける。 額には、再び固く絞ったタオルが乗せられた。ひやりとした心地よさに思わず目を閉じる。 「……あ!そう言えば」 しばらく大人しく寝て居るんだぞ、とロイが立ちあがり掛けたとき、エドワードが急に声をあげた。 「…どうした?水なら枕元にある。こまめに飲むんだぞ。汗をかいているからな」 「そーじゃなくて。今何時?」 「今?夜中の3時…10分だな」 マジ?!とエドワードが身体を起こす。その表紙に額のタオルが落ちて、ロイは眉を顰めた。 「ええっ?!じゃあ、もしかしてもう年が明けちゃったのかよ」 「……そう言う事だが、何か用事でもあったのか」 「そうじゃねーけど…」 歯切れの悪いエドワードの口調に、不思議そうな目を向けてロイは首を傾げる。 「予定があったのなら、私の家になど来なければよかっただろうに」 一体何のために風邪っぴきの身体で此処まで来たんだか、と呆れたような口ぶりでロイは大袈裟に嘆息してみせる。 「なあ、ロイ」 「なんだ」 「ちょっと、こっち来て」 「……世話の焼ける」 「いいからいいから」 渋々ベッドの傍らに戻ったロイの腕を、エドワードが不意に引っ張った。 「なっ………!」 突然重ねられる唇。 目を瞠った大人のその至近距離で、少年が悪戯っぽく笑う。 呆気にとられて動けないロイの耳元で、笑った少年が小さく囁く。 「……a happy new year」 「…………」 キスをされたのはほんの一瞬で。 しかしロイはしっかりと、まだ熱の残るエドワードの体温を、唇に感じてしまっていた。 「一番に、アンタに言いたくて」 だから此処に来た。 余りにも身勝手な言いぐさに、ロイは言葉を失う。 「かえって迷惑かけちまったみたいだけど…」 「まったくだ」 吐き捨てるように言った大人の、でも首筋まで真っ赤になって居るのを見ると、どうしても笑みが抑えきれない。 ああ、だからこの意地っ張りな大人が。 全然素直じゃないけど、いつも少年や周りの事を気遣ってばかりいる大人が、大好きだと。 そう伝えたら、この青年はどんな顔をするだろうか? 「良いから君は大人しく寝ていなさい」 精一杯眉間に縦皺を刻み込んだ大人が、不機嫌そうに言う。 でもやっぱり、耳朶までもが真っ赤に染まっていて。エドワードはついと笑みがこぼれるのを抑えられない。 「うん、おやすみ、ロイ」 そして。 「サンキュ」 青年は、エドワードを振り返ろうともせず、真っ赤な首筋のまま部屋を出て行った。 だけど扉が閉まるその直前、エドワードの耳はしっかりと彼の言葉を捕らえていた。 「おやすみ、エドワード」
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