原作最終回後のSSです。
ネタバレにつき、最終回を読まれた方のみ、ご覧下さい。




























*雨上がりの空






昨晩から降っては止み、降っては止みしていた断続的な雨だったが、
空を覆う雲に、うっすらと明るい切れ間が現れ始めていた。
灰色の雲をまだらに染めるその様子は、向こう側に在るはずの空の青さを思い起こさせて、ロイはふと眩しそうに目を眇めた。

傘を持ってこなくて良かった。
そう呟いたのが傍らの補佐官に聞こえたのだろうか。

「中将?」

有能な補佐官は、すぐにその呼び名に慣れたらしい。それどころか

「いつ私に貴方の事を『大総統』と呼ばせて下さるのですか」
などと訊ねるものだから、ロイの唇からはつい苦笑が漏れてしまった。

視察、と称してこのようにホークアイ補佐官と東方市の街中を歩くのは、随分と久しぶりだった。

あの後しばらくは、まさしく目の回るような忙しい日が続いた。
リザの状態が安定するまで、ひと月以上を要したのもあってか、昼も夜もなくロイは働き続けた。
見舞いには行かなかった。リザがそれを望まなかったからだ。

『そんなことをしているヒマがあったら、早くこの混乱を収めて下さい』との伝言を、
病院の受付で看護士から聞かされては、すごすごと退散する他なかったのだ。

だがそのリザも、今は傍らにある。

昔に戻ったかのように短く切りそろえた襟足は、軽快に歩くリズムに合わせて、微かに揺れる。
東方市の風景は、記憶の中とは殆ど変わっていない。けれども、決定的に違うのは、行き交う人たちだ。
むろん圧倒的に多いのはアメストリス人だが、中にはシンの国らしき人種も混じっている。
シン国との国交が回復してより、この東方市はアメストリスの入り口として、より一層栄えることとなった。

その要とも言うべき司令部を任されて、ロイは今此所にいる。
石畳に軍靴の音を響かせて歩く。

―――ああ、そうだ

空は青いのだった。
まだ姿を見せない紺碧の天を思い、ロイの心臓が一つはねる。
まるでプレゼントの箱を開ける、その瞬間のように、期待がロイの目の裏ではじけた。

「おい、大佐……」

はじけた光が、閃光を伴ってロイを襲う。
くらりと、まるで目眩のような感覚を辛うじてやり過ごし、ロイは背後から呼びかけた声に足を止めた。

「……じゃなかったんだっけ。今は中将、か」

リザの表情が明るくなる。ロイは渋面をつくって、ゆっくりと振り返る。

「よっ、元気そうだな」

振り返った瞬間、雲の切れ間から光が差した。
ちょうど少年のうしろ、その姿をくっきりと縁取るように。

「ほら」

少年は、ロイに向かってなにやら手を差し出しているようだった。
しかし逆光になっている為か、その掌にのっているものがロイにはよく見えなかった。

チャリン。

ほら、ともう一度少年が手を突き出したとき、その掌で金属の触れあうような高い音が聞こえた。

「アンタに借りた520センズ、だ」
「520センズ……?」

何のことだ、と眉を寄せたロイだが、差し出された以上受け取らなくてはと、こちらも手を伸ばしかけた、その時。
少年は掌を再び握りこんで、銀色の硬貨を再びロイの目の前から隠した。

「やっぱやーめた。まだ、アンタは大総統になってないもんな」

アンタが中央司令部の、あの正面の椅子に座ることが出来た時。
その時に返してやるよ。
そう言って、少年は「じゃあな」と手を振った。
踵を返すと、真っ直ぐに石畳を歩き出す。














          「鋼の、………

                …………エドワード、」











「………」

三つ編みが驚いたように振り返る。
遠くでも、その金色の目がまあるく見開かれているのがよく見えて、ロイは思わず笑みをこぼした。

「身体には気をつけてな」
「…………」

しばらくまんまるな瞳でロイを見ていた少年だったが、やがてその表情が大きな笑顔へと変わる。

「アンタもな!」

そして再び前を向いた少年は、今度は振り返ることなく走り出した。
左右とで、異なる足音を石畳に響かせながら。





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