*その、朝
「悪かった」
そう言ったエドワードの顔を、ロイはひたと見つめた。
「ゴメン、」
黙っているロイに向かって再びエドワードが口を開く。
居心地が悪そうに手にしたカップをサイドボードへ置くと、ロイの横たわっているベッドの縁に浅く腰掛けた。
昨夜ロイはエドワードと肌を合わせた。
有り体に言ってしまえば「寝た」のだ。
しかもロイがエドワードを受け入れる形で。
今までにロイは幾度か女性とそういった行為に及んだことがあった。
その相手は無論一人ではなかったが、そのどれもがロイに柔らかく暖かな印象をもたらす行為だった。
何よりもロイは相手の女性をこの上なく大切に――まるで壊れ物の硝子細工でも扱うかのように丁寧に
扱い、そんなロイに彼女達も応えてくれたからだった。
抱き合う前には身体を清め、抱き合った後にもシャワーを浴びる。
そうしてさっぱりと身体を流したあとで、同じベッドで朝を迎えるのだ。
なぜならそうするのが良いと考えていたからだ。
女性には、お姫様に対するように接しなさい。
そうすれば相手も貴方に満足するでしょうから。
結局それが一番うまくいくのよ。
自分を育ててくれた叔母の言葉だ。
しかし昨夜のエドワードとの行為は、今までのどの経験とも違うものだった。
まるで嵐のような、と表現すればいいのだろうか。
抱きしめられ、口づけられ、身体を清める暇もなく貪るように組み敷かれた。
誰にも触れられたことのない場所を指で散々に嬲られ、あまつさえ彼の熱を受け入れさせられ。
初めて感じる酷い圧迫感に、内蔵を破られるかと恐怖するほどだった。
自分の口から溢れたのは、あれは嬌声などではない。
呻きに近いくぐもった声を押し殺すので精一杯で、ロイはただきつく唇を噛みしめていた。
それでもエドワードを拒む事ができなかったのは、彼の目に宿った光に呑まれたからだった。
強烈な輝きがロイを射る。
何よりも眩しい、存在。
そこに柔らかさや暖かさなど欠片も無く、ただ全てを焼き尽くすような熱がロイを翻弄した。
気を失うようにして意識を手放したロイは、果たしてそれが快楽だったのか暴力だったのかも覚えて居な
かった。
目が覚めたロイの前には、暖かなコーヒーが用意されていた。
しかしベッドから起き上がるのさえも一苦労といった状態のロイを見て、エドワードは青ざめた頬を一層白くさせた。
そして言ったのだ。
「悪かった」と。
途端に目の裏が真っ赤に染まるような怒りを覚えた。
次の瞬間、ロイは握りしめた拳でエドワードを殴り飛ばしていた。
「巫山戯るな」
ゴメン、だと?悪かっただと?
謝るなら最初からしなければいい。
いくら酒に酔っていたとは言え、そこまで後悔するのならば。
昨夜はエドワードの成人を祝って、ロイの部屋で酒を飲んだのだ。
丁度ブレダから美味い酒を差し入れて貰った所だったので、その味見も兼ねてエドワードを招いた。
「やっぱ酒の味って良くわかんねーや」と言うエドワードを、まだ子供だと笑いながら極上のアルコールを舌の上
で堪能した。
昔話などするような間柄でもなかったから、自然と互いに口数が減り、黙りこくった青年にロイが問いかけた時
だった。
『アンタを抱きたい。今すぐ』
言うなりエドワードはぶつけるような口付けを仕掛けてきたのだ。
快楽も苦痛もすべてごちゃ混ぜになってロイを襲った。
覚えて居るのはただ抱きしめる腕の熱さと激しさ。
エドワードに触れられない場所は無く、髪の毛の一筋から爪先まで口付けられた。
いきなり殴りつけられたというのに、エドワードは項垂れたまま怒りもしない。
その様子に更に苛立ちがつのる。
「…忘れてやる」
だがこれ以上彼を罵ったところで、起きてしまった出来事が無くなる訳ではない。
彼がそれほどまでに後悔しているというなら、此方も忘れるふりくらいなら出来る。
記憶に蓋をして、何も無かったように振る舞う。
それがロイが昨夜の出来事を悔いているエドワードにしてやれる、精一杯だった。
「え……?」
殴られてなお言い返すこともしなかったエドワードが、しかしロイの言葉に顔をあげる。
唇の端は切れて血が滲んでいるというのに、拭いもしないで此方を見つめる。
「今何て」
「忘れてやると言ったんだ。綺麗さっぱり。だから君も安心すればいい――」
「嫌だ!」
驚くほど強い口調でエドワードが言う。
「無かった事にするのか?あんなに何回もキスして、抱き合って…アンタだって俺を受け入れてくれて」
「何を言って―――」
エドワードの言葉にロイは狼狽えた。
その行為を彼は後悔しているのでは無かったのか?
消し去りたい事実として後悔しているのでは無かったのか?
「俺は忘れないからな!」
再びエドワードがロイににじり寄る。
呆気にとられるロイの肩にその指が食い込む。
「俺はアンタを抱いたし、アンタは俺に抱かれた。そうだろ?!」
「鋼…の、」
「忘れてなんかやらない。俺は、だって、ずっとアンタとそうしたかった!」
何だって?私を抱きたかった?
男で、十五も年上で、何よりも過酷な道ばかりを提示してきたこの私を?
「でもゴメン――アンタを傷つけるつもりじゃなかった、だけど、昨日は俺自分でも止められなくて」
だからゴメン、そう言いながらエドワードはロイを真っ直ぐに見つめた。
射るような眼差し。
誰よりも、眩しい。
「だから」
許して。
そして無かった事になんてしないで。
強く抱きしめられ、耳元に熱い息がかかる。
ああ、そうか。
そうっとロイはエドワードの背中に腕を回した。
随分と筋肉がついた。
あんなに小さかった肩なのに、今は逞しくロイにも引けを取らないほどだ。
「ロイ…?」
「良いだろう」
だけど一つ約束しろ。
ロイの言葉に首を傾げたエドワードが目顔で問いかける。
「私相手に加減などするな」
もし女性にするような触れ方をしたら、許さない。
「……アンタって」
そう言ってエドワードは笑ったようだった。
「ん、分かった」
でもアンタを傷つけたくはないから、もう少しだけ大事にさせて。
そんなエドワードの言葉に、ロイは尊大に頷いて見せた。