ショートストーリーズ2

*リズム

ひやりとしたシーツの感触で、目が覚めた。
確か夜中にぼんやりと気がついたときには、まだ隣にあの体温があったのに。
もう仕事に出掛けたのだろう。
早番の時は、いつもそうだ。
太陽が昇るのと同じくらいに、家を出る。
(挨拶も無しかよ…)
でもそれが彼の思いやりである事も、分かっていた。
僅かに自分よりも低い体温。
絡める指先も、重ねる唇も。
それがどこか彼の常に失われる事のない冷静さを表しているようで、
ほんの少し、ちくりと心の内側がささくれだった事もあったけど。
でも、今は知ってしまったから。
三日月みたいに綺麗に眇められる彼の瞳の奥。
薄く朱色に染まる肌の上、滑らせた手が感じたそのリズム。
とくとく、と皮膚の下数ミリを流れる彼の鼓動。

まさか。

俺よりも早いなんて。

主を失って温度を無くしていくシーツからは、確かに彼が普段使う石鹸の香りがして。
ふわあと緩い欠伸を一つ。
それから彼の香りのするシーツにくるまり、目を閉じた。




*時計

「なんだ、この腕時計止まってるぜ。壊れてるんじゃないのか」
「ああ、じゃあそっちの引き出しに入れておいてくれるか」
「はいはい…って、うわ、なんだコレ」
「ん?どうした」
「時計だらけじゃねーか、この引き出し!一体何個あるんだ?5,6,7…」
「おや、そんなに沢山あったか」
「11、12。うわ、これで13個目だぜ。しかも全部止まってるし」
「おおかた電池切れだろう。壊れてるわけじゃない」
「じゃあこれも電池が切れたってことかよ」
「ああ、銀時計のお陰で普段あまり腕時計を身につけないからね」
「じゃあなんでこんなに買うんだよ」
「頂き物だよ」
「……なるほど」
「だから捨てるに捨てられなくてね」
「ま、そりゃそうだけど…もっと、大事にしないと」
時計が可哀相じゃねーか。
「………鋼の」
「ん?」
「時々君に、無性にキスしたくなるよ」
「な、なんだよいきなり!ふざけんなっ」

真っ赤になった額にキスを一つ。
まんまるに目を瞠った後少年はぷいと不機嫌そうに顔を逸らし、
ロイの執務室から駆け足で出て行った。

ロイの手元に残されたのは。
ほら、こんなにも優しい時間が。

ロイの軍服の胸ポケットで、時計は規則正しく時を刻んでいた。





*紅茶

「ほら」
「おや、今日はコーヒーじゃないのか?」
「つべこべ言わずに飲んでみろよ」
「では砂糖をもらえるかな」
「駄目。これはそのまま飲むやつだから」
「しかし私はコーヒーはともかく、紅茶は砂糖とミルクをたっぷり
入れる方が好きなんだよ。ミルクは君用意していないだろう」
「当たり前だろ、そんなの置いてるわけねーよ」
「だったら砂糖くらい構わないじゃないか」
「だーめ。ほら、とっとと飲む!」 
「やれやれ…仕方ないな…」

  白いカップになみなみとそそがれた紅茶をひとくち。
  ロイの目が僅かに瞠られる。

「……甘い、」
「だろ?」

  ふわりと香る茶葉の匂い。口に含んだのは僅かに苦みのある紅茶。
  砂糖なんて欠片も入れていないのに。

「何なんだ、この紅茶は」
「こないだお店の人がお薦めだって言うから、買ってみたんだ」

「この紅茶の名前、『EROS』っていうんだって」
「……だから?」
「だから、甘いんだと思う」

  エドワードの指がロイの首元へと伸びてくる。
  しかし触れる直前に、ロイは椅子をひいて立ちあがった。

「手を抜くんじゃない、まだ若いのに」
「は?」
「そんなので私を口説いているつもりなのか」
「………」
「ごちそうさま、美味しかったよ」
「ちょ、大佐…!」

  閉じた扉の向こうにあっさりと思い人の姿は消えて。

  残されたのは紅茶の香りと。
  空になったカップ。

「……ちえ」

  高かったんだぜ、この紅茶。
  そう呟きながら、エドワードはずず、と紅茶を啜った。





*香水

「あのさ」
「なんだね」
「この状況でさ、俺って怒っても良いと思うんだけど」

  ベッドに両腕を突いた体勢で。
  腕の中には、穏やかに微笑む大人の姿。
  黒髪はシーツに散り、身につけたシャツの一番上のボタンを外しかけた所だった。

「何か君の気に障る事でも?」
「ああ…なんか、もう」

  ガシガシ、とエドワードは生身の手で金髪を掻き上げる。
  紅潮した頬のままちらりと横目で組み敷いた大人を見た。

「匂い…」
「何だね」
「臭いんだよ、香水」
「ああ」

  腑に落ちたという表情で、ロイが身体を起こす。
  つられて起きあがった少年は、小さく溜息をつく。

「気になるかね?」
「ったり前だろ」

  甘ったるくて、官能的な香り。
  青年の髪から、服から、それは強く匂ってエドワードの鼻腔を刺激する。

  一体どこの女の移り香なのか。
  不機嫌そうに眉を寄せた少年を見て、ロイは小さく笑う。

「君の匂いで、消してくれないか」

「ばっ……」

  真っ赤になった少年は、言葉を失って此方を見ている。
  青年は、ゆっくりとそんな少年の首に腕を回して引き寄せた。

「君の心配するような事は、何もないよ」

  耳元で囁く言葉は、あまりにも直截に少年を刺激する。
  エドワードは物も言わず、自分よりも随分と長身の青年を
  再び腕の下に組み敷いた。




  ロイの髪に、機械油の匂いが僅かしみこんだのは
  その夜の事。


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