ショートストーリーズ3

*スパイス
 
   
   「ほらまたそんなに胡椒を振って…」
   「いいじゃねーか、だってこの方が美味しいんだし」
   「そんなに胡椒まみれにしたら、元の味が分からなくなるだろう」
   「構わないんだって、俺は胡椒味のが好きなんだから」
   「それじゃ胡椒味の芋、と言うよりも胡椒漬けの芋、だな」
   「悪いのか?」
   「悪いだろう」
   「なんで!」
   「せっかくこの料理を作ってくれた人に申し訳ないじゃないか」
   「でもきっとその人は、俺が美味しく食べれば文句はないと思うぜ」
   「屁理屈って言うんだ、それは」
   「屁理屈も理屈のうち、ってアンタが言ったんだぜ」
   「あのなあ…スパイスってのは、ちょこっと利かすくらいが丁度良いんだ。
    スパイスがメインディッシュにならないのがその証拠だ」
   

    大人の言葉に、エドはフォークを持ち上げる手を止めて
    じっと目の前の青年を見つめた。

   「そうか」
   「やっと分かってくれたか、鋼の」
   「うん、アンタ以前『恋愛においてセックスはスパイスだ』って
    言ってたもんな」
   「………言ったか?」
   「だから滅多に応えてくれないんだ…」
   「……なんだか論点がずれてないか?」
   「でも大佐は間違ってるぜ」
   「何が?」
   「勿論メインディッシュにはならないけど、
    立派なデザートだろ?」

    時には主役になるくらいの。

   「見解の相違だな」
   「そういう事にしておいても良いけど?」
   
   「……だから、更に胡椒を振るなと言っているだろう!」






*遅刻
  

   「ほら大佐、起きろってば」
   「ん……あと30分」
   「ダメだって、待ち合わせは12時だって大佐が言ってただろ、
    身支度に30分、片道30分で、今起きなくちゃ間に合わねーし」
   「支度なんて5分もかからんさ…だからもう少し寝かせてくれないか。
    ほとんど徹夜だったじゃないか昨晩」
   「ソレとコレとは話が別。俺は原則人を待たせるのは嫌いなの」
   「私は気にしない」
   「あ〜の〜な〜」
   「どうせ待たせるったって、相手はハボックなんだし…」
   「相手が誰とか関係無いってば」
   「女性を紹介してほしいとあんまり煩いから仕方なく、なんだ」
   「でも約束したんだろ?」
   「構わん。アイツこそ何度も約束を破っている。チェスに負けたら
    酒代を奢るって話、何回も反古にされてるんだ」
   「やられたからやり返すってのは、違うだろ」
   「君な…」
 
    枕に顔を埋めたまま喋っていた大人は漸く顔を上げて、くまの色濃く残る目で
    少年を睨み付けた。
 
   「そもそも、私を寝かさなかったのは君だろうが。
    ちょっとは大人しくしていてくれたまえ」






*ハト
  
   「大佐、何やってんだよ。またサボリか?」
   「そう見えるか?」
   「それ以外の何に見えるってんだよ。公園のベンチに
    のんびり座ってぼーっとしてんだろ」
   「ハトに餌をやっているんだ」
   「………それも軍部の仕事のうちの一つなのかよ
    意外と楽そうだな、大佐殿のオシゴトも」
   「こう見えても忙しいんだ、私は」
   「だったらそれらしく見えるようにちょっとは考えろよな
    一般市民の目もあるんだろ」
   「考えているさ」

    遠くから近づいてくる赤いコート。
    視界にそれと捕らえる前に気がついていた。

    この時間にこの公園に居れば
    君に会えるという事。
    
    司令部に滅多と顔を出さない君の様子を
    たまにはこうやって目にしたいと思うのは。
    これも仕事の一つだと自分に言い聞かせているが、
    本当はそんな必要など無い事も。

   「………考えすぎかもな、私も」
   「はあ……?」
   「さて、用も済んだし、仕事に戻るか」
   「やっぱり仕事じゃねーんだ」
   「………たまには司令部にも顔を出したまえよ」
   「はいはい」

    ちょっと回りくどかったかな、と。
    少しだけ反省をした春の午後。
    言い訳に使われたハト達は、
    素知らぬ顔で撒いた餌を啄んでいる。








*列車

   「あのさ」
   「何だね」
   「なんでこんなに大勢来る必要があるんだよ」
   「そりゃ仕方ないだろう。中央にこの人有りと知られた
    有能なロイ・マスタング大佐が、視察に訪れるってんだから」
   「で、どうしてわざわざ俺と同じ車両に乗ってるわけ」

   いつもならがらがらに空いている筈の列車。
   なのに今日は見知った面子が3、4、5人も居る。
   のんびり車窓を楽しむ旅の筈が、どうしてこんな事に
   なってしまったのか。
   たまたまエドワードが訪れる予定の町が、
   ロイの視察先と重なったのだと青年は口にした。

   「旅は道連れと言うだろう。そんなにつれなくしなくても
    構わないじゃないか」
   「…………だろ」
   「何かね?」
   「何でもねーよ」

   そう言ったきり、エドワードはぷいと視線をそらして
   窓の外に目を遣った。

   (つれないのはどっちだよ)
   どうせなら伴など連れてこず、一人で来ればいいものを。

   けれどもその独白は、言葉になることなく。
   窓を過ぎてゆく景色に混じって流れていった。









*石鹸

   「………一体どうしたのかね」
   「どうしたもこうしたもねーよ」
   「……酷いもんだな」
   「……全くだ」

   青年に断って、風呂を借りたエドワードは不機嫌そのものをまるで
   具現化したような顔をして現れた。コーヒーカップを片手にくつろ
   いでいたロイは、何よりも少年の金髪の様子に驚いて尋ねた。
   見ると、いつもは何の手入れをせずとも乾かすだけで艶やかな波を
   とりもどせる筈の金髪が、何故かあちこちに毛先が跳ねている。
   それだけじゃない。
   全体が妙なボリュームをもって膨らみ、ろくに櫛も通らないような
   有様だ。
   
   ロイはかるく目を瞠って、そんな少年を眺める。

   「一体何をしたんだね」

   何をどうしたらそんな頭になるんだ。
   エドワードはぎろりと青年を睨み付け、あきらめたように持ってい
   たタオルをリビングの椅子へと放り投げた。溜息混じりにソファへ
   腰掛けると、両腕を背もたれに預け、天井を仰ぐ。

   「アンタ、いっつも何で頭洗ってんだ」
   「何って…石鹸だが」
   「……マジかよ」
   「それがどうかしたのか?」

   読んでいた新聞を置き、エドワードに近づいてきたロイの黒髪は、
   いつもと変わらず艶やかだ。
   少年はロイの問いには答えず、黙ってその頭へと手を伸ばす。

   「……鋼の?」

   生身の指先に触れる髪は、やっぱり少し硬くて、さらさらと指の
   間を抜ける。
   はあ、と溜息をついたエドワードは、そのままわしゃわしゃと滅茶
   苦茶にロイの頭をかき混ぜた。

   「っと、やめたまえ鋼の!」
   「あ〜……なんかムカツク」

   これは多分生まれ持った体質――髪質というものだろう。
   そう普段から気にかけている方ではなかったが、エドワードは洗髪
   用にはきちんと専用のものを使っている。
   この青年の自宅のバスルームにはまったくそれらしいものが見あた
   らなかった為、仕方ないと身体を洗うのに用いた石鹸を使用した所
   この有様だ。
   こんなんなら最初から湯で流すだけにしておけばよかったと考えて
   も後の祭りで、どうにも汗くさい気がして落ち着かなかったのだか
   ら仕方がない。

   「…鋼の」
   
   振り払おうとする手をかわし、青年の頭をひきよせると。

   軽く触れる、口づけ。

   驚いた青年が目を丸くしているが、そんなのは知った事ではない。
   離れ際に、舌先でぺろりと青年の唇の端を舐める。

   「コーヒー臭い」
   「仕方ないだろう」

   呆れ顔のロイは、やがて微笑んで少年のぼさぼさ頭に触れた。

   「編めば落ち着くのではないか?何なら私が編んでやろう」
   「要らね」
   
   素っ気ない返事にも、ロイは何故か嬉しそうだ。

   「次はちゃんとシャンプーを用意しておこう」

   それで良いだろう?と悪戯っぽい光を湛えた瞳に、エドワードは
   瞬く間に頬に熱が昇るのを自覚する。
   その言葉が意味するところを考えると、先刻まで身体を浸してい
   た熱がぶりかえしそうで、思わずエドワードは青年の手を払い除
   けてしまった。
   必要以上にぶっきらぼうな口調で、

   「ったく、最初っから用意しとけって」
   「ははは」

   笑ってかわした青年は「じゃあ私も身体を流してくる」と言い置
   いてバスルームへと姿を消した。
   リビングにひとり取り残された少年は。

   再び火照り始めた身体をなんとか宥めながら、ぼさぼさの頭を三
   つ編みにしようと、おさまりのつかない自分の髪と格闘をはじめ
   たのだった。

   


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