ショートストーリーズ5
*水
「あれ?大佐、ガス入りの水が無いぜ」
「すまない鋼の。実は今買い置きをきらしているんだ」
「えええ、マジかよ」
冷蔵庫を覗き込みながら不平を漏らしたエドワードの背後へと
近づいたロイは、ひょいと腕をのばして透明な瓶を手に取った。
キッチンの引き出しから栓抜きを取り出し、小気味よい音をた
てて栓をあける。
コップに注ぐ事無く、そのまま直接口をつけると、ロイはミネ
ラルウォーターを喉を鳴らして飲み干した。
そんなロイの様子を、唇を尖らせて見つめるエドワードに気が
つき、大人は肩をすくめて冷蔵庫を指差した。
「ガス無しならあるだろう?」
「俺がガス入りが好きだって知ってて、そういう事いう訳?」
「買い置きを切らしていたのはすまないと言っただろう?明日
買いに行くから、とりあえずはそれで我慢したまえ」
「あ〜あ、ガス入りのが美味いのに」
「そうか?私はガス無しの方が好きだがな」
「あの、喉の奥で弾ける感じが堪んねえっていうか」
「そんなものかね」
不承不承にエドワードはガス無しの水の入った瓶を取ると、
ロイにならって直接口を付けた。
半分ほど飲み干して、エドワードは眉を寄せて残りの水を眺め
た。
「どうした?味は普通だろう」
「ん〜、やっぱなんか物足りないっていうか」
「そうか?」
じゃあ、とロイはエドワードの手から瓶を奪い取ると、一息に
呷る。
「あ、俺の水!」
ちょっと待てよ、と言いかけたエドワードの顎をさらうと、ロ
イは身を屈めて少年へと口づけた。
「んっ・・・」
含んだ水を少年の唇へと送り込む。勿論たっぷりと舌を絡め、
驚いたエドワードには構わず、存分に少年の口腔を蹂躙する。
「ちょ、大佐っ」
ようやく解放されたエドワードは、口元からこぼれた水滴を
拳で拭い、真っ赤な顔でロイを睨みつけた。
「物足りない、と言ったのは君だろう?」
「あのな、」
「不服かね?」
「!」
不敵に微笑んだ大人の胸ぐらをつかみ、エドワードはぐいと
顔を寄せた。
「不服に決まってるだろ」
そしてわずかに目を見張ったロイに向かって一言。
「続きも、してくれるんだろ?な、大佐」
*読書
「こら、いつまでそうしているつもりだ」
「ん……あともうちょっとだから」
「君、さっきも同じ事言ってただろう?」
「……もうちょっとなんだって」
まるで気の入らない生返事に、ロイは幾度目になるのか数えるのも
諦めた溜息を吐いた。
つい一時間ほど前にも、全く同じやりとりをした気がする。
少年が、茶色い表紙の分厚い専門書に釘付けになってはや数時間。
夕食の後から読み出したのがせめてもの救いだろう。
(でなければ、きっと彼は食事も忘れて読みふけって居ただろうから)
日付を大きくまたぎ深夜も深夜、夜明け間近と言っても差し支えない
程の時刻を時計は指している。
ちょっとした夜更かし程度ならば、ロイだとてそう咎め立てする気は
無い。
しかし彼は明日―――いや、今日の朝一番の列車で、再び旅に出る。
列車の旅となれば、また暫くベッドの上で身体を休める事が出来なく
なるかもしれない。いかに旅慣れた彼とはいえ、せめてこの中央に居
る間くらいは、身体をゆっくり休ませてやりたいと願うのは、唯の老
婆心だろうか。
けれど、幾度となく声をかけても手元に落とした視線すら上げる事無
く、傍らで本を読みふけっている少年に、ロイは聞こえないと分かっ
ていながら、再び大きく息を吐いた。
―――同じベッドに横たわりながら、お互いにきっちりと寝間着を着
込んだまま、朝を迎えるなんて。
エドワードの真剣な横顔を見ながら、ロイは苦い笑いを浮かべた。
―――やれやれ、仕方ないな…
このまま付き合っていると、自分まで徹夜しかねない。年若いエドワ
ードと違って、自分はそろそろ無理が利かなくなってきている。
睡眠不足だからといって仕事をおろそかにも出来ない現状を鑑みて、
ロイは肩までシーツを引き上げた。
「鋼の、私は先に休むからな、終わったら灯りを消しておいてくれな
いか」
どうせ反応は無いだろう、というロイの予想は、しかし唐突に胸の上
を圧迫した重みによって覆された。
驚いて頭を上げてみれば、思いっきり不服気な顔の少年が、全体重を
かけてロイの上にのし掛かっていた。
「ちょっ……あと少しだって言ってるだろ!」
「……だから、読み終わったら灯りを消してくれと」
「ちげーよ、後少しだから待っててくれって………わ!」
枕元の時計を取り上げた少年が、目を丸くしながら大声をあげた。
「な、んだよこの時間!」
「……何度も声をかけただろう、君…」
「それにしたって、まだ十二時くらいだって思ってたんだよ!」
「あのな」
呆れた顔で見上げてくるロイの視線に、エドワードは手にしていた本
を放り出して頭を抱えた。
「俺って馬鹿、なんでこんなに…っ」
「良いから、気が済んだならそろそろ寝なさい。と言ってももう数時
間しか無いけどな」
それでも寝ないよりはマシだろう、とシーツを肩まで引き上げた青年
に、少年はがばりと起きあがって再びのし掛かった。
「大佐、悪い、時間くれ!」
「……何がだ?」
「アンタ今日も仕事だし、無理させるだけだって分かってるけど、朝
までつきあってよ」
「君、もしかして…」
「良いから、もう喋んなって。時間が勿体ねぇ!」
そして掴み上げられた寝間着の襟元と振ってくる唇。
抵抗する間もなく、性急に下衣の中へと温度の高い指が忍び込んでき
た。
「あ、のな!そこは寝る所だろう?!」
「寝る?巫山戯んなって。寝るのはいつでも出来んだよ」
それこそ列車の中でも道ばたのベンチででも。
「でもアンタとこうしていられるのは、今しかねーだろ」
だったら、もう少しその事実に早く気づいて欲しかったと願ってはみ
ても、既に時遅し。
抗弁する唇を少年に塞がれ、その背中に腕を回してしまう自分に、どう
しようもないほどの溜息をつきたくなる衝動を抑え。
―――大概だな、私も
少年の口づけを受けながら、ロイは傍らに置き去りにされた茶色い表紙
に、少しだけ優越感の混じった視線を投げかけた。