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「なんでアンタがこんな所にいるんだよ」
「って、それは私の台詞だと思うのだが?」
ここはセントラルの中央通り。石畳の敷き詰められた道はひっきりなしに車と人が行き交う。
アメストリスの首都ともあろう町が、閑散としてしまえばこの国もおしまいだと言わんばかりに、必要以上にあふれかえった人の群れ。
パンやに肉屋、新聞のスタンドに病院、アクセサリーや鞄を売っているその隣では最近流行りだしたとかいういろんな果物のジュースやらアイスクリームだかを提供しているスタンドがあった。とりわけその付近は女性の割合が多いようだ。
それら道の両側に並んだ様々な店は、大声をあげて客を呼び込んでいる。
にぎやかな表通りに面するこぢんまりとした花屋に、エドワードは用事があって顔を出した。
可愛らしい手作りの看板は、丁寧に木を掘って作られたもののようだ。綺麗にヤスリを掛けられてつやつやとしている。
だが、一見して他の花屋よりも地味なたたずまいだ。
というのも、店先に並べられたているのははどれもまだ固い蕾かほんの少しだけほころび掛けた状態のものばかりに見える。
満開の花を扱う花屋は多い。その方が見栄えもしてちょっとしたプレゼント用の花束なども見目良く飾り、人目を惹くからだ。
だが、栗色の柔らかな髪の女主人は
「なるべく元気な子たちを選んで仕入れてくるの。そうしたら、受け取った人だって、その分長く楽しめるでしょう?」
と微笑みの下からエドワードに話しかけた。
その女主人の笑顔が元気いっぱいの向日葵にも負けないくらいに輝いていて、そして近づいた髪からふんわりと薔薇のような香りがして、エドワードは瞬間、心臓の鼓動が跳ね上がるのを自覚したものだった。
「いらっしゃいませ、マスタング大佐。今日もいつもの?」
「ああ、そうしてくれ」
カラン、とドアに括り付けられた鐘が鳴る小気味よい音がして、爽やかな風を纏った青年が、店へと足を踏み入れた。
耳慣れた響きに思わず振り返ったエドワードの表情が、とたんに不機嫌なモノになる。眉間に縦縞が刻まれ、口がへの字型に曲がった。
エドワードに気づいた青年は、にこりとお手本のような笑顔を浮かべて近づいてくる。
そして先ほどのエドワードの発言となった。
「で、なんの用なんだよ」
「何を言っている。花屋に用があると言えば花を買いに来た以外にはあるまい」
「どーだかな」
「あら、エドはマスタング大佐とお知り合いなのね」
「こんなヤツに買われる花が可哀相だ。どうせどこかの綺麗な女の人を口説くための小道具くらいにしか、思ってないんだぜ、こいつは」
「何を言うか鋼の。私程花に詳しい軍人はいないってぐらいに、大好きだぞ」
「そうよ、マスタング大佐はすごく花に詳しくていらっしゃるんだもの」
「何、大佐そんな趣味があったの?!」
げ、とあからさまに不審な表情で年上の軍人を伺い見るエドワードの事には構わず、ロイは女主人が纏めた花を吟味し、
「ではこれとこれと、この花でお願いする」
小さく頷いて注文を済ませた。
「では少しお待ち下さいね、ブーケにしてお作りしますから。エド、もう少しいいかしら?」
「あ、ああ…俺は構わないけど」
「悪いな、鋼の。後から来たのに」
「別に。アンタの為じゃないからな」
あくまで女主人の頼みだから聞いてやるんだ、と主張して胸を張った子供を、ロイは相変わらずの笑みを浮かべたまま眺めている。
「で、今日はどちらのお嬢さんに愛のコクハクに行かれるんですか大佐殿」
「ちょっと、な」
「お待たせしました」
柔らかな声とともに、水色と白をベースにした可愛らしいブーケが差し出された。
少し大振りの花びらのふちがフリルのように細かく波打っている。色違いの同じ種類の花を束ね、その周りには小さな小さな花が沢山、まるで花嫁が身に纏うレースみたいに添えられていた。
「トルコキキョウ…もうそんな時期なんですね」
「ええ、今週から市場に出始めましたから。少し早いかなって思ったけど、この子達とても元気だったから思わず沢山仕入れちゃったんです」
トルコキキョウ、という響きには少しだけ聞き覚えがあった。エドワードの知っているそれはたしか薄いピンク色をしていた気もするのだが、きっと様々な種類があるのだろう。
「では、鋼の。お先に」
「ああ、デートが巧くいくことを祈ってるよ」
「はは、宜しく頼むよ」
あからさまな嫌味だと、終始にこやかな表情を崩さなかった彼は気づいているのだろうか。
バカ大佐、と口の中で呟いて舌打ちを一つ。
「お待たせエド。ほら、用意できてるわよ」
「あ、有り難う。いつもごめん。こんな注文するの俺くらいだろ」」
「何言ってるの。エドは大切な大切なうちのお得意さまなんだから。こちらこそ毎度ありがとうございます、だわ」
おどけて片眼をつぶってみせた女主人が袋に入れてくれたのは、小さな鉢植え。
そこに花はなく、短い芝生のような草がびっしりと密生している。
「まったく、アルがまた猫をひろってきたんだよ。これがないと駄目だって言うから仕方なく」
「そうよね、この辺りにも生えてるといいんだけど」
エドワードに手渡されたのは、観賞用ではなく、猫が食べるための草だった。
アルフォンスが言うには、この草を猫が食べると毛玉を吐き出しやすくなるのだとか。何度か説明された気がするけれど、未だにエドワードにはよく判っていない。
いつもはアルフォンスが買いに来るのだが、拾ってきた猫の具合が良くなさそうだから、面倒を見ている間に買ってきてほしいと頼まれたのだ。
「それにしても、大佐ってしょっちゅうくるんだ、此処」
「ええ…そうね、しばらく中央を離れてらした時は別として、多いときは週に一回。少なくても月に一回はおみえになるわ」
「へえ!ナンパばっかりかよ、大佐もまったく、よくやるよな」
呆れたように大声を上げたエドワードに、女主人は困ったような笑顔を向けた。
「マスタング大佐はね、お見舞いにいらしてるのよ」
「お見舞い………?」
「ええ」
「これは大佐から直接伺ったわけじゃないんだけど…」
いつか大佐が珍しく軍服のまま、部下らしき長身の青年を伴って現れたとき、その青年との会話を耳にしたのだという。
『大佐、もう何年越しですかね』
『うるさい』
『俺が大佐の元に就く前だから…かれこれ5年以上も前ってことですか』
『………』
『その、大佐の部下だったその人の墓にも行ってるんでしょう?だったらもう良いんじゃないスか』
なにもこんな忙しいときに、こっそり抜け出して来なくても。中尉にみつかったらまたサボりかと言われますよ。
『良いんだこれで』
中尉にはお前が代わりに怒られておけ。
『だって、お母さんなんでしょう?入院してるのって』
なんで大佐がお見舞いに行くんですか?
『………一人息子だったんだ』
『でも、大佐のせいじゃない』
大佐の部隊を、一時的に応援に貸して欲しいって言われての事なんでしょう?だったら何も大佐がそこまで責任とる必要もないんじゃ。
『責任なんかじゃない』
責任、なんて義務でやってる事なんかじゃない。
これは。
「私、あんな目をしたマスタング大佐、初めて見たのよ」
それまでは、若くて綺麗な女性に差し上げるんだと思って毎回花束を作っていたんだけど。
会話を耳にしてから、大佐に対する見方が変わったのだと、女主人は言った。
「だからエド、大佐は何もおっしゃらないけど、あんまり邪推しちゃ駄目よ」
「あ………ははは」
少しだけ唇を尖らせて、女主人は諭すように言った後、笑顔に戻って
「ま、でもマスタング大佐もなんだか楽しそうだったわね、エドと喋るの」
よっぽど仲が良いのねエドとマスタング大佐って。
「えええええ?!俺とアイツ…大佐が?!!」
冗談!仲が良いなんてもってのほかだよ絶対あり得ないから!
「あらあら。なんだか顔が真っ赤よ、どうしたのエド」
「お、俺、アルが待ってるから早く帰るね」
お礼もそこそこに、エドワードは鉢植えの入った袋を抱えて店を飛び出した。
大通りを駈けながら、エドワードはぶんぶんと大きく頭を振った。
心臓が、今までにないくらいに体のなかで跳ね回っているのが、うるさい。
どんなに息をしても、空気を吸い込んでも、酸素が足りないみたいな気がする。
大佐の馬鹿野郎!全部大佐のせいなんだからな!!
花屋さんに叱られてしまったのも、思わぬ指摘をされて心臓が口から飛び出しそうに吃驚したのも。
こんなに、顔が熱くて熱くてたまらないのも。
全部、大佐のせいなんだから。
でも。どんなに大佐を罵っても頬の温度は下がるどころか一層熱さを増してゆくばかりで。
馬鹿野郎と叫びたい気持ちをこれまた頭を振ることで何とか抑えることに成功した。
お陰で何度か何もない道路で躓いてしまったけれど。
おわり。
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