放射熱
| もぞり、と、首筋に柔らかな何かが押しつけられたような感覚に、ロイは意識を浮上させた。心地よい疲れと充足感の中、まだくっついていようとする瞼を引き上げてみるには、幾ばくかの精神力を必要とする。 だが、それに成功して視界を取り戻せば。 薄い闇の中、目の前には寝乱れた金糸の流れ。 可愛らしいつむじを見つけて、ロイは首筋に感じたものの正体を知る。 少年が、ロイの肩口に顔を埋めて、柔らかな寝息を立てていた。 規則正しく漏れる息は、穏やかなリズムを刻む。そのリズムに従ってゆっくりと上下する、肩。 誘われるように、そのつむじへと唇を落とせば、石鹸の香りに混じって、僅かばかり汗の臭いがした。 紛う事なき、雄の臭い。 少年のそれはロイにとって、決して嫌悪を引き起こすものではない。ただ、ある種の感覚、身体の芯に眠って、普段は目を覚ます事のない部分の毛並みを、ざらりとなで上げる。 まだ窓の向こうにはきっと夜明け前の張りつめた空気が満ちていて、間もなく差し込む陽光の侵略を今かと待ちかまえているだろう。枕元の時計にすら目を遣る必要もなく、ロイは殆ど正確に時刻を把握していた。 たぶん、あと三十分もしないうちに、夜が明ける。 早出の当番の日であれば、そろそろ家を出る時刻だ。 だが今日は夜勤の日。 十九時からのシフトだが、その一時間くらい前に司令部に入れば充分間に合う。 要するに、まだこの心地よい微睡みに浸かっている権利を、ロイは握っているという事だ。あまつさえ、あと半日近い時間が自由になる。 素肌に何も纏わぬまま、シーツに少年と埋もれているこの状況。 腰の奥に感じる違和感は、ロイに確かにだるさを与えてはいたけれども、それは彼自身も望んだ事だった。 少年との、久しぶりの逢瀬。 夜になってロイの自室を訪れた少年は、ノックすることなく持っている合い鍵で彼の家の扉を開いた。 コーヒーを片手に、居間のテーブルで新聞を読んでいた大人は、一瞬跳ね上がった心臓を年の功で押さえつけ、何事もなかったかのようにエドワードを見上げて微笑んだ。 「やあ、鋼の」 「続き、やりにきた」 あからさまな物言いをして、しかし真っ赤になったままぷいと顔をロイから逸らす。 「待っていたよ」 「…………っ」 そして噛みつくような、キス。 腕を引かれ、勝手知ったる家の中を最短距離で寝室へと向かう。 途中椅子やら机のあちこちにぶつかりながら、それでもそんな事は少しも気にならなかった。 たどり着いたベッドの上に唇を併せたまま二人とも倒れ込み、剥ぎ取る勢いで服を脱がせ合う。 性急な動きで肌を探る動きすらもどかしく、ロイは少年の欲を指で刺激した。 触れるだけで強ばってゆくその熱を、早く身の内に迎えたいと切実に願った。 むしろ少年を組み敷きたい程の衝動をどうにか抑えるだけで手一杯の大人を、彼は気づいただろうか。 慣らす時間も惜しく。心配そうに見上げてくる少年に、だが頷いて見せたのは自分だった。 ぴりりと身を割くような痛みすら、愛おしい。 深い部分まで少年が入り込んで、そこで漸くロイは自分を取り戻した。 「大丈夫?」と不安げに、だが隠しようもなく情欲を込めた眼差しの少年に向かって微笑んだロイは、再び「待っていたよ」とその耳元で囁いた。 「アンタ…って、」 覚悟は決まってるんだろーな、とぼそりと呟いた少年は、ロイの片足を折りたたむと、ぶつけるような勢いで腰を打ち付けた。 ずり上がる身体をとどめようとシーツを握りしめた手は、背に回すように強請られた。 少年の言葉通りにしたものの、慎重に切っておいた爪が、だがその小さな背を抉るのをどうしようもなく。 喉に絡まる声を口づけで封じ込まれたまま、二人同時に頂点を極めた。 そのあとシャワーを浴びて身体を流したロイは、長旅の疲れか先に眠りについていた少年の横に潜り込み、十を数えるうちに意識を閉ざした。 少年の髪に顔を埋めたロイは、くすりと息だけで笑った。いつの間に、こんな風に捕らえられていたのだろうかと。少年の熱を渇望するほどに。 深い眠りに落ちているはずの少年は、しかしロイの動きに微かに反応した。 ロイの身体、腰から背にかけて回された左腕に、力がこもる。 起こしたか、と僅か身体に緊張を走らせれば、溜息のような息が少年の唇から漏れて、ゆるゆるとその目が開かれた。 「た、いさ」 「すまん、起こしたか」 「ううん…」 「まだ早い。眠っていなさい」 気遣う仕草で少年の頬にかかる髪を払ってやると、幸福な笑みを浮かべて見上げてくる、瞳。 もそりと身体をずらして、エドワードは唇を触れさせてきた。 上唇を舐められ、熱い息が零れる。 そのまま少年は身体を起こし、ロイの上に被さるようにしてキスを続けた。 頭の横についた腕が、柔らかく大人の黒髪を撫でる。角度を変えて何度も啄むように触れては離れるキスを繰り返す。 心地よい戯れに、ロイの身体の奥、燻っていた火種が掘り起こされてゆく。最初ぼんやりとした感覚だったそれは、交わされる口づけに磨かれ、徐々にその姿を露わにしてゆく。 そして下腹部に触れる、少年の熱に気がついた。ふと手を伸ばして指先に捕らえると、それはまるで生き物のようにロイの掌で大きく震えた。 「………ごめん」 紅潮させた頬のまま目を伏せたエドワードは、顔を持ち上げてから上体を起こした。 問う眼差しで尋ねれば、故意に目線を逸らして、少年はぼそりと呟いた。 「俺、シャワー浴びてくる」 「鋼の」 するりとロイの腕から抜け出し、今までの熱が嘘だったかのようにきっぱりとシーツから身を離した。そのままエドワードは振り返ることすらしないでバスルームへと向かう。 ベッドに一人取り残された大人は、腕の中、唐突に失った熱を考える。何か彼の機嫌を損ねるような事をしただろうか。同じ温度だと思っていたのは、自分だけだったのだろうか。 確かに彼は、昨晩(とは言っても、日付はもう今日だったが)身体を清めることなく、寝入ってしまった。ロイが風呂から上がってみれば、静かな寝息をたてる少年がいた。 三日間、睡眠を削って報告書を仕上げたと言っていたから、きっと疲労の境地にいたのだろう。 その上無茶をした自覚も無茶をさせた自覚も大人にはある。(本当は少年の方が無体を強いていたのかもしれないのだけど、望んだのは自分だという事実は揺るぎないものだったので) シーツに腕を遊ばせれば、まだ少年の体温が残っていて。 ロイは身体の内に凝った熱を吐き出すように、ゆっくりと息をして目を閉じた。 剥き出しの肩に触れる空気の冷たさに今更気づいて、ロイは首筋の辺りまでシーツを引き上げた。 |