SDR4 前編


・ご注意
 こちらはオフライン発行の「架空のPANTHEON」(パラレル設定)の後日談です。

 エドワード:宇宙飛行士を目指して宇宙士官候補生訓練学校に通う16歳。
 ロイ:物理学者で宇宙士官候補生訓練学校の外部講師。かつては「アメストリスの英雄」と呼ばれ、
    とある事情から「祖国の裏切り者」と罵られる事になる。
 ちなみに、はっきりとは(本編でも)書いていませんが両思いな二人です。

 以上の設定ですが、できれば本編をご覧になって頂いてからの方が、良いと思います。(不親切ですみません…)

 設定上の理由から、お互い名前で呼び合っています。名前で呼び合う二人が見たくない、とおっしゃる方も
 ご覧にならない方が良いかと思います。

 ご了解頂ける方は、スクロールして下さいませ。
















「ったく、なんであんな所でミスしたんだ、俺は」
「仕方ないだろう。君の注意力が散漫なのは今にはじまったことじゃない。次に気を付けるんだな」
「絶対分かってる問題なのに…」
生成のカバーで覆われたソファの上で、少年は片方の膝を抱えていた。きつく寄せられた眉が、その苛立ちを如実に表している。
「止めなさい、みっともない」
リビングテーブルに向かったロイは、手元の本から目線を動かすことなく、少年をたしなめる。言われてエドワードは、自分が無意識のうちに親指の爪を噛んでいた事に気がつく。
「ん…」
下ろした手は所在なさ気にふと彷徨った。授業の為の資料となる本を読む傍らでそんな様子を目の端に捕らえたロイは、やれやれと少年に分からないよう小さく肩を竦めた。

 いつもよりも瞳の色がきつい気がするのは、彼のささくれ立った雰囲気の所為だろうか。しばらく放っておけば曲がった機嫌も直るだろうと踏んでいたが、どうやらそうもいかないようだ。

 ロイは溜息をついて、読んでいた本から顔を上げた。

「エドワード、いつまで拗ねているんだ。仕方ないだろう、いくら試験の成績が悪かったとは言っても、次で挽回すれば済む事だ」
「拗ねてなんかねーよ」
唇を尖らせた少年が説得力のない口調で言う。少年の不機嫌さにつきあうのも結構忍耐が必要なものだなとひとりごちて、ロイは手にしていた本を閉じた。

 エドワードの不機嫌さの原因は、つい一週間ほど前に行われた中間考査に端を発していた。
 




 エドワードの通う宇宙士官候補生訓練学校では、前期と後期においてそれぞれ中間考査と期末考査が行われていた。まだ卒業まで一年以上を残している彼らにとって、今回の中間考査は言うほど重要な試験では無いはずだ。しかしエドワードがこんなにもその結果に拘っているのには理由があった。

 アルケミスト計画2。
 一ヶ月ほど前に発表された、有人宇宙飛行の計画。

 宇宙工学の分野に置いて、隣国のアエルゴに数歩後れを取っていたアメストリスが、自国を主体として初めて行う有人飛行の計画だった。

 その計画には、此処宇宙士官候補生訓練学校からも、選抜された生徒が宇宙飛行士として参加する事が認められていた。

 かつては物理学者だった父親、ヴァン・ホーエンハイムの「宇宙マイクロ波放射説」。
 彼は自身が提唱した説を物理学会に受け入れられず、学会から実質的に追放される事となった。それ以来行方を眩ませ、エドワードとアルフォンスの母、トリシャが病に倒れたときも、また天命を全うした時も、彼は家族の前にその姿を現す事はなかった。

 父親だけでなく、家族であるエドワード達の運命をも大きく左右した「宇宙マイクロ波放射説」に、成長するに連れエドワード自身も言葉では言い表せない複雑な思いを抱く事となった。

 学会に全く受け入れられる事の無かった父親の論文。それが果たして間違っていたのか、それとも正しかったのか。

 それを確かめるには、より雑音の無い状態、即ち宇宙空間で、宇宙マイクロ波放射を観測してみるほかは無い。宇宙空間で観測されなければ、ホーエンハイムの説は誤っていた事となる。

 もしも観測されれば、ホーエンハイムが正しかった、即ち彼が支持した「宇宙ビッグバン説」が、サイエンスフィクションの空想の賜でも何でもなく、真実なのだと照明する事への大きな一歩となる。父を追放した学会を、見返す事が出来るのだ。

 父の書いた一本の論文に大きく運命を狂わされた、もしくはそう信じているエドワードが、自身をがんじがらめにしていた呪縛から解き放たれる為に、宇宙飛行士になることを選んだ。大気圏外での観測を行い、その手で事実を確認するのだ。

 だから、なんとしてでも選抜生として選ばれるのだと、エドワードは熱心に中間考査に取り組んだのだった。

 現在エドワードの通う宇宙士官候補生訓練学校にて外部講師として招かれている、物理学者のロイ・ハーランドと―――かつて宇宙飛行士となりながらも、不慮の事故により宇宙へ出る事は叶わなかった―――出逢うまでのエドワードは、宇宙飛行士になるという目的を抱き、その為に懸命な努力をしていた。

 もとよりその資質はあったのだろう。学力も抜きんでていた少年は、入学だけでも困難だと言われていた士官学校に合格をし、奨励金を受け取る事によって学費をまかなう事に成功していた。まさに少年が思い描く、宇宙飛行士への道を着実に歩んでいたのだ。

 しかし、入学をした後のエドワードは、想像以上に厳しい現実へと目を向けざるを得なかった。
 アメストリス全土から、優秀な生徒が集まっているのだ。

 リゼンブールでは比肩するもののない程の優秀な成績を修めていたエドワードではあったが、ここ宇宙士官候補生訓練学校においては、抜きんでる程の成果を挙げる事ができなかった。
 中でも学年主席のディーズには、どう頑張っても追いつくどころか一層水を空けられるばかりであった。

 焦燥が少年を支配し始めるのに、時間は掛からなかった。

 生活費をまかなう為のアルバイトの時間を減らす事は出来ないエドワードは、唯でさえ短い睡眠時間を更に削り、学習に励んだ。弟のアルフォンスがいくら止めても、その言葉を聞き入れる事はなかった。

 宇宙飛行士になる。

 そのことはエドワードにとって、唯の「将来の夢」などという響きの良いものではなく、彼が乗り越えなくてはいけない、巨大な影となって少年の人生に立ちはだかっていた。
 無理を続けた少年の身体には、当然のように疲労が溜まる。肉体的にも精神的にも疲弊し、限界を迎えていた少年は、遂に授業の実習中に倒れた。

 そんなエドワードが目覚めたとき、傍らに居たのが外部講師を勤めて数ヶ月のロイ・ハーランドだった。
 青年はエドワードの行いを無謀だと言い、自身の身体を顧みない少年の行動を「子供だ」と言葉で斬り捨てた。
 腹立ちの余り激昂したエドワードの前で、ロイが取った行動は。

 自身がかつて「アメストリスの英雄」、後に「祖国の裏切り者」と呼ばれた宇宙飛行士ロイ・マスタングだということを打ち明けたのだった。

 訓練中の不慮の事故で片眼を失ったロイは、様々な思惑が絡んだ「アメストリス計画」のための生け贄となった。
 英雄扱いから一転、祖国の裏切り者と謗られるようになったロイは、名前を変え、ひっそりと物理学の研究に携わっていた。
 数奇な縁により、宇宙士官候補生訓練学校の外部講師として招かれることとなったロイだったが、当然の事ながら、そのかつての身分を明らかにする気など毛頭無かったのだ。
 しかしエドワードの抱く複雑な胸中、父への思慕とその裏切りへの憎しみ、そして怒り。それらを目の当たりにしたロイは、考える間もなく自分の過去を口にしていた。

 何より、自らの身体を大切にしようとしない少年への腹立ちが、ロイにそうさせた。

 ロイの正体を知ったエドワードは―――彼がかつて宇宙飛行士だった事による衝撃よりも、彼にエドワードの行為を咎め、叱責された事により、青年に対する気持ちの変化を、感じる事となる。
 過労と寝不足で体調を崩し、授業を休まざるを得なかった少年に対し、ロイは補習を行うと言った。
 「ついてこれるか」との挑発的な言葉を受けて、エドワードは奮起した。

 ロイが驚くほどの勢いで、与えられる知識を身につけ、その理解を深めたのだった。






「でも、絶対に俺は」
「くどいぞエドワード」

 本を置いて立ちあがったロイが、ソファに足を投げ出した少年の真っ正面に立ち、見下ろす。

「ディーズに大きく水を空けられたのも、分かっている問題をちょっとした見落としで間違えてしまった事も、全て他の誰でもない、君自身が招いた結果だ」

 それをいつまでもぐちぐちと言っている暇があるなら、次の試験へ向けて勉強でもしたらどうだ。
 眼差しは温度を失い、ロイの淡々とした声は少年の顔色を変えた。

「分かってるさそれくらい…!」
「だったら早く家に帰りなさい。勉強をするなら構わないが、そうやって何時までも拗ねているだけなら、此処に居る意味がない」
「…要するに、俺が邪魔なんだろ」
少年の言葉にロイは面食らう。
「そんな事はひと言も言ってないだろう」
「だってそうだろ、試験の結果が悪かったら落ち込んで悪いかよ、ちょっとばかり愚痴を言ったって良いだろ、なのに」

どうして俺を追い返そうとするんだよ、とエドワードは顔を歪めた。  

「エドワード、」
「なあ、どうして」
不意に腕を引かれたロイは、バランスを崩してエドワードが座るソファの上に倒れ込んだ。

 掛けていた眼鏡が外れ、フローリングの床に跳ねる。
 少年にぶつかってはいけない、と瞬間身を捩って腕を畳んだのが良かったのか悪かったのか。
 ロイが目を開けたときには、唇を強く咬んだ少年の顔が、正面にあった。身体を起こそうとして、ロイは両手首を捕まえられ、ソファに押しつけられた自分の体勢に漸く気がついた。

「エドワード」

故意に口調に感情を交えぬように喋る。目の前の少年の顔は、怒りを孕んでいるにしては妙に静かだった。
 その静かさは、ロイの背筋を嫌な汗となって伝った。

「君の言っていることはめちゃくちゃだ。勉強をするなら此処にいても良いと言っているだろう。しかしそうやって過ぎた事をいつまでも悔やんでるだけなら、何も此処に居て私に八つ当たりをする必要もないだろう。もう時間も遅い事だし、さっさと帰った方が良いと…」
「ロイ」
少年は掴んだロイの手を解放する素振りも見せず、顔を近づけてきた。
「…エドワード!」
露わになった青年の顔の、左側。

 焦点を結ぶ事のない瞳と、その横にある引きつれたような傷跡。

 エドワードはゆっくりと顔を近づけて、その場所に唇で触れた。

「なあ、どうして」
「エドワード」

 少年の声音は、ロイの聞いた事の無いような響きを孕む。

「どうして、俺に」

掴まれた手を振り払おうと力を込め掛けたロイは、間近に迫った少年と目があって瞬間息を呑む。

感情の読み取れない、虚ろな表情。
それはまさしく、初めてロイが少年と会った頃の、エドワードの表情を彷彿とさせて。
ロイは口にしかけた言葉をはき出せず、ただ息を詰めた。


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